外出ままならない日々にピッタリ 最新海外小説特集

公開日: 更新日:

「月の光」ケン・リュウ編 劉慈欣ほか著 大森望ほか訳

 今週は海外小説特集。フランス人作家による日本を舞台にした作品から、現代アメリカの暗部を鋭く突いた傑作長編や中国現代SFなど、ジャンルも国籍もさまざまな作品を集めてみた。どれも甲乙つけ難いお薦め本ばかりで、自粛や梅雨で外出がままならない日々の読書に最適だ。



 中秋節、屋外イルミネーションが消え、この街で初めて見る月を眺めていた彼の携帯が震えた。相手は知らない男だった。男は彼がその日、招待された結婚式に出席せず、ロビーの片隅で花嫁の姿を見つめていたことを知っていた。電話の主は、2123年に生きる彼自身だった。

 時空インターフェースを経由して接続してきた未来の彼によると、遺伝子療法で人間の寿命は200歳まで延びたという。そして彼が暮らす未来の上海は、海に沈み、8階の窓の下まで海面が迫っているという。この事態を回避するため、100年前になされる必要があったことを100年前に実行しなければならないと言う未来の彼は、化石燃料を駆逐するための未来の新技術を彼に授ける。(劉慈欣著の表題作)

 現代中国の最先端SF16編を収録したアンソロジー。

(早川書房 2200円+税)

「よそ者たちの愛」テレツィア・モーラ著 鈴木仁子訳

 その男は、まだ57歳なのだが外見は75歳に見えるほど老けていた。週に1度通う食堂兼居酒屋で、常連客に話しかけられれば応じるが、多くを語ることはない。それでも、客たちはヘルムートというその男が、かつて鉄道会社に勤務して、今は年金暮らしであることを知っている。しかし、なぜ定年前に退職したのかは知らない。

 ある日、ヘルムートが通りを歩いていると、若い男がすれ違いざまに財布と鍵束を入れた彼の黄色いエコバッグを奪って走り出す。事態に気づいたヘルムートはすぐに男を追いかけ始める。若い男は、彼が常連客から「マラソンマン」と呼ばれていることを知らなかったようだ。(「魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ」)

 独語文学の最高賞ビューヒナー賞受賞作家が、都会の片隅で不器用に生きる人々を描いた短編集。

(白水社 2900円+税)

「茶室」リシャール・コラス著 堀内ゆかり訳

 1965年、在日フランス大使館で働くRは、千家家元夫人に勧められ家元の姪・斎藤先生に入門。お茶の世界に魅了されたRは、茶道を極めながら、給料の大半を茶道具の購入につぎ込む。さらに日本に住み続けるために民間企業に移り、駒込の家の庭に茶室を構える。

 68年の夏、Rは稽古場で出会った真理子に一目ぼれをする。真理子は、身分の高い家柄の令嬢だった。やがてRと真理子は人目を忍んで逢瀬を重ねる仲となり、お互いに運命の相手だと気がつく。85年暮れ、地上げによって立ち退きを迫られるRの前に元刑事の田中が現れる。田中は69年の大晦日に失踪した真理子の事件の担当刑事で、退職後も事あるごとにRを訪ねてくるのだった。

 フランス人青年と深窓の令嬢の恋をミステリー仕立てに描く恋愛小説。

(集英社 2200円+税)

「あの本は読まれているか」ラーラ・プレスコット著 吉澤康子訳

 1949年のモスクワ、秘密警察に連行されたオリガは、ボリスが執筆中の小説「ドクトル・ジバゴ」について厳しく尋問される。当局は国民的詩人のボリス本人ではなく、愛人のオリガを逮捕することで執筆に圧力をかけてきたのだ。

 3年半後、スターリンの死で刑期より早く政治犯強制労働収容所から出所したオリガは、完成した「ドクトル・ジバゴ」の出版に奔走するが、出版社は当局を恐れ応じない。 1956年のワシントンDCでは、ソ連移民の娘・イリーナがタイピストとしてCIAに採用される。やがて彼女はタイピストの仕事とは別の任務も命じられる。CIAでは、革命批判として禁書の「ドクトル・ジバゴ」を密かにソ連国内に広める計画が着々と進んでいた。歴史的事実を踏まえながら冷戦下の米ソを舞台に描く新感覚スパイ小説。

(東京創元社 1800円+税)

「歌え、葬られぬ者たちよ、歌え」ジェスミン・ウォード著 石川由美子訳

 ミシシッピの田舎町に暮らすジョジョには、黒人と白人の2人の祖父がいる。母親レオニの愛を感じられない彼は、同居する黒人の祖父を父、祖母を母と心に定め、慕ってきた。

 一方、ドラッグに安らぎを求めるレオニだが、ハイになると亡兄ギヴンが眼前に現れる。高校でフットボールに打ち込んでいた兄は、スカウトに注目されるほどの存在だったが、森で鹿狩りの最中、酔った白人のチームメートに撃たれて死んでしまった。ギヴンの死は保安官のジョゼフによって事故として処理された。その後、レオニの夫となったのは犯人のいとこで、ジョゼフの息子マイケルだった。ジョジョの13歳の誕生日、刑務所にいるマイケルから電話がかかってくる。

 奴隷制から連綿と続く黒人差別の歴史を直視しながら現代アメリカを描き、文学史を書き換えたと称賛される長編。

(作品社 2600円+税)

【連載】ザッツエンターテインメント

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人原前監督が“愛弟子”阿部監督1年目Vに4日間も「ノーコメント」だった摩訶不思議

  2. 2

    巨人・阿部監督1年目V目前で唇かむ原前監督…自身は事実上クビで「おいしいとこ取り」された憤まん

  3. 3

    松本人志は勝訴でも「テレビ復帰は困難」と関係者が語るワケ…“シビアな金銭感覚”がアダに

  4. 4

    肺がん「ステージ4」歌手・山川豊さんが胸中吐露…「5年歌えれば、いや3年でもいい」

  5. 5

    貧打広島が今オフ異例のFA参戦へ…狙うは地元出身の安打製造機 歴史的失速でチーム内外から「補強して」

  1. 6

    紀子さま誕生日文書ににじむ長女・眞子さんとの距離…コロナ明けでも里帰りせず心配事は山積み

  2. 7

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 8

    メジャー挑戦、残留、国内移籍…広島・森下、大瀬良、九里の去就問題は三者三様

  4. 9

    かつての大谷が思い描いた「投打の理想」 避けられないと悟った「永遠の課題」とは

  5. 10

    大谷が初めて明かしたメジャーへの思い「自分に年俸30億円、総額200億円の価値?ないでしょうね…」