「東京、コロナ禍。」初沢亜利著
一向に出口が見えないコロナ禍。このまま日本は、そして世界はどこに向かってしまうのか。社会はあちらこちらで停滞しているが、それでも時間が止まることはなく、誰もが不安を抱きながら、日々の生活は粛々と進んでいく。
思えば、今年の正月はまだ対岸の火事だったコロナ騒動が、日本に飛び火したことを我々がありありと実感したのは、2月のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号だった。
本書は、同船から乗客の下船が始まった2月19日から、緊急事態宣言とその解除を経て、恐る恐る手探りで経済活動が始まった7月1日まで、コロナに翻弄された4カ月と十数日間の東京を撮影したドキュメンタリー写真集。
冒頭の数葉は、バドミントンに興じる少女の屈託ない笑顔など、まだこれから起こることを何も知らない人々の写真だ。街を歩く人も、ほとんどがマスクなどしていない。
そして、クルーズ船を下船した1人目の乗客に殺到する各国のマスコミの姿をとらえた1枚から、ページを進むごとに緊迫度が増していく。
3月29日の日曜日、例年なら人出でごった返す上野恩賜公園の桜並木が閉鎖され、人影の絶えた満開の桜に季節外れの雪が舞い積もっている。
4月7日の緊急事態宣言発出前日の蒲田駅では、バスを待つ人々がみなマスクをして間隔をあけて立っている。
浅草の立ち飲み屋も客は入っているが、ただ黙々と酒を飲んでいるように見え、活気は感じられない。
コロナさえなければ大々的な開業セレモニーが行われたはずの高輪ゲートウェイ駅(3月14日)や、原宿駅の新駅舎(3月21日)も人影もなくひっそりとしている。
その後も、緊急事態宣言後に初の週末を迎えた渋谷のセンター街や、自粛生活中に大掃除をする人が多いのか頻繁に見かけるようになったという廃品回収の様子、以前は置かれていたソファも撤去されて閑古鳥のホテルのロビー、「立ち入り禁止」の黄色いテープで遊具をぐるぐる巻きにした児童公園、そしてビニールで飛沫感染防止対策が施された量販店のレジなど。
読者各人が体験してきたこの半年を追体験するかのように記録されていく。
誰もが初めて体験するパンデミック下の日々の何げない点景であるのだが、哲学者で作家の佐々木中氏は、本書への寄稿で、この写真集を見て感じるのは「曖昧模糊としたものが明快鮮烈に撮れている」ことだと記す。つまり、著者のカメラによって「『われわれ』の右往左往、失策、軽率、臆病、神経質、倦怠、諦念、怠惰、無関心そして無責任さが突き放して映し出されて」いるというのだ。
確かに、店主が焼身自殺をはかった飲食店や営業自粛に抗議して深夜まで店を開け続けるバー、10万円の給付金さえ受け取れずコンビニや洋菓子店で働く外国人労働者など、作品は記録であるとともに、我々、そして日本社会の右往左往ぶりを告発している。
ポスト・コロナはどのような世界になっているのだろうか。そのとき、この写真集を見返して我々は何を思うのだろうか。
(柏書房 1800円+税)