北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「ちえもん」松尾清貴著

公開日: 更新日:

 18世紀後半の周防国で生まれ、長崎で活躍した回船商・村井喜右衛門の、波乱に富んだ半生を描く歴史小説である。

 当時の海村では、家を継ぐ長男以外は、余計者であった。ごくつぶしであった。彼らは、生まれた場所に縛られ、長男に縛られ、そういう境遇を抜け出るには何よりもまず努力が必要であった。坊はもっと太らんとなあ、と言われた幼い喜右衛門はこう言う。

「俺は太らんでええ。智彗で爺様を超えちゃるんじゃ」

 これは、そういう智彗者をめざした男の物語である。

 まず、人物造形が素晴らしい。たとえば、同じ村で育った吉蔵という若者がいる。末っ子なので居場所がない。次兄、三兄のうさ晴らしにされるだけ。だから、喜右衛門と一緒に海の冒険に出ることを夢見る。喜右衛門と違ってこの若者は体も頑健で、その対比もいい。まだ故郷にいたころ、吉蔵がチヨに夜這いをかけるくだりがある。いずれは村を出ていく身なので迷惑をかけないよう最初は我慢するのだが、ついに感情を抑えきれずにチヨの部屋に忍んでいく。そのときの、体を寄せてくるチヨの熱い息がいい。

 彼らを取り巻く政治と経済の状況が克明に描かれるのがいいし、何よりも海の描写が素晴らしい。読んでいるだけでこちらの血が沸き立ってくる。デビューしてから15年以上になるので著作は多いが、歴史小説は初めてとのこと。今後に期待したい。

 (小学館 1900円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    岡本和真と村上宗隆のメジャー挑戦に“超逆風” 大谷バブルをブチ壊したMLB先輩野手の期待外れ

    岡本和真と村上宗隆のメジャー挑戦に“超逆風” 大谷バブルをブチ壊したMLB先輩野手の期待外れ

  2. 2
    ロッテ佐々木朗希「強硬姿勢」から一転…契約合意の全真相 球団があえて泥を被った本当の理由

    ロッテ佐々木朗希「強硬姿勢」から一転…契約合意の全真相 球団があえて泥を被った本当の理由

  3. 3
    佐々木朗希の今季終了後の「メジャー挑戦」に現実味…海を渡る条件、ロッテ側のスタンスは

    佐々木朗希の今季終了後の「メジャー挑戦」に現実味…海を渡る条件、ロッテ側のスタンスは

  4. 4
    ドトールに注がれる「石丸効果」都知事選でヒモ付き隠さず3番手から猛追、株価も爆上がり

    ドトールに注がれる「石丸効果」都知事選でヒモ付き隠さず3番手から猛追、株価も爆上がり

  5. 5
    「あぶない刑事」100万人突破で分かった…舘ひろし&柴田恭兵“昭和のスター”の凄みと刑事役の人材不足

    「あぶない刑事」100万人突破で分かった…舘ひろし&柴田恭兵“昭和のスター”の凄みと刑事役の人材不足

  1. 6
    ソフトB山川穂高「無神経ぶり」改めて露呈…31試合ぶり本塁打も身内から異論噴出

    ソフトB山川穂高「無神経ぶり」改めて露呈…31試合ぶり本塁打も身内から異論噴出

  2. 7
    石丸伸二候補に大逆風…「恫喝」訴訟で2連敗、都知事選後の国政進出シナリオも狂いが

    石丸伸二候補に大逆風…「恫喝」訴訟で2連敗、都知事選後の国政進出シナリオも狂いが

  3. 8
    蓮舫候補に一発逆転の「神風」は吹くのか…7.7都知事選「一歩リード」の小池知事を猛追

    蓮舫候補に一発逆転の「神風」は吹くのか…7.7都知事選「一歩リード」の小池知事を猛追

  4. 9
    都知事選最終盤に飛び交う「蓮舫狙い撃ち」の怪情報…永田町に出回る“石丸2位”データの真の狙い

    都知事選最終盤に飛び交う「蓮舫狙い撃ち」の怪情報…永田町に出回る“石丸2位”データの真の狙い

  5. 10
    猛チャージ石丸伸二候補に広がる危機感…広島からは「あんなぁ都知事に押し上げちゃいけん」

    猛チャージ石丸伸二候補に広がる危機感…広島からは「あんなぁ都知事に押し上げちゃいけん」