改めて知りたいイスラム本特集

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「イスラーム文明とは何か」塩尻和子著

 米軍が撤退したアフガンでタリバンが政権掌握。テロ集団にしてイスラムの教えに厳格なタリバンの存在感で改めてイスラムとは何かに注目が集まっている。



 イスラムというと宗教ばかりが思い浮かぶが、中世まではヨーロッパをはるかにしのぐ高度な文明を築き上げ、圧倒した存在だった。数学、天文学、医術、思想、哲学、文学、芸術、建築など、そのレベルの高さは際立っていた。本書はそんな壮大な歴史を改めて教えてくれる。

 特に中世のイスラム社会は世界で最古の大学をモロッコのフェズとエジプトのカイロに設立し、またイベリア半島のスペインなどが高度なアラブ文明をヨーロッパに伝える中継地として大きな役割を果たした。のちに教皇シルベスター2世となるキリスト教徒のジルベールも、スペインのカタルーニャで3年間過ごした時期にイスラム科学を学び、天体測量儀を作らせたり、アラビア数字を使った計算機を試作したりしたという。長い人類史の中ではキリスト教世界の優位は一部なのだ。

 著者は筑波大でイスラム神学思想を専門としたベテラン研究者。高校時代の世界史で初めて教わったときのような知的興奮を味わわせてくれる。

(明石書店 2750円)

「イスラム教再考」飯山陽著

 日本では多くの専門家や知識人が「イスラム教は平和の宗教」という。それは大ウソだと断言するのが著者。

 イスラム教は全世界がイスラム法によって統治されたときに初めて平和がもたらされると考える。そのためコーランにも「騒乱がなくなるまで、宗教のすべてが神のものとなるまで戦え」と明示されている。つまりイスラム教はイスラム以外のものとの戦いを肯定する宗教なのだが、「状況次第で信仰を隠したりウソをついたりすることを許容」する。「平和の宗教」がウソでも、イスラム法の下に世界を統治するための方便なら許されるというわけだ。

 それゆえイスラムは「異教徒に寛容な宗教」などではない。だからといってイスラムの国を訪れた非イスラム教徒の外国人が攻撃されるわけではないが、教義の根本にある思想を糊塗して「イスラム=平和」と喧伝するのは「偏向」だと著者は言う。「日本のイスラム研究者とメディアが広めてきたウソの呪縛」と戦うと言い切っている。

(扶桑社 968円)

「インドネシア」加藤久典著

 イスラム教は中東だけでなく、アフリカや東南アジアにも広く根付いている宗教だが、それをわかっている日本人は多くない。インドネシアは人口の9割までがイスラム教徒。一国規模で最大のイスラム教徒の人口を抱えるものの、イスラム法を国法とするイスラム国家ではない。かつてはヒンズー教や仏教も盛んで、自然崇拝の精霊信仰も強く、現在でもこれらを共存させる種々の宗教実践があるという。つまり国家レベルで多文化主義が根付いているというわけだ。

 しかしこうした多文化共存は短期間で成立したわけではない。歴代の独裁政権との関わりもある上に、個人によっての考え方の違いもある。宗教人類学を専門とする著者は身近な話題も交えて解説する。知人の子供たちにウルトラマンTシャツを贈ったものの、偶像崇拝の禁止に触れるとして着てくれなかったり、かと思うと日本そばのダシにアルコール成分のみりんが使われていることを気遣うと、「煮立てればアルコール分は飛ぶので大丈夫」と言った知人もあるという。

 厳格な宗教と共存するための社会の知恵が学べる。

(筑摩書房 1012円)

「よくわかる一神教」佐藤賢一著

 著者は西洋史を題材とした歴史小説で人気の作家。西洋の宗教史を一から勉強した成果が本書だ。全編「ですます」調で平易に解説し、子供時代に見たアニメの「アラビアンナイト シンドバットの冒険」の思い出や、ドラマ「大草原の小さな家」に出てきたユダヤ教徒とキリスト教徒の対立の話など、身近なところに寄せて話を始めてくれるのがいい。

「聖戦」と訳されることの多い「ジハード」だが、元の意味は「奮闘」。神のために力を尽くすことがその真意で、「武器を取って戦う」ことは語義の一部に過ぎないらしい。また近代に入るとイスラムはキリスト教国に後れを取るが、これに対してイスラムの近代化(世俗化)を目指す試みはことごとく挫折する。エジプトではナセル、サダトらの近代化論者が大統領になったが、暗殺などで長続きせず、パーレビ国王が世俗化したイランでは大規模な宗教革命が起こったのだ。

 著者は最後に、現代では「民主主義」が一神教になっているのではないか、ゆえにマクロン仏大統領が「フランスには(イスラムを)冒涜する自由がある」とまで断言してしまうのではないかと示唆している。

(集英社 1760円)

「私はイスラム教徒でフェミニスト」ナディア・エル・ブガほか著 中村富美子訳

 著者は両親がモロッコ出身のイスラム教徒だが、本人はフランスで生まれ育った。ティーンエージャーの頃はジーンズにスニーカー姿でポニーテールにしていたという。両親もヒジャブ(イスラム式のスカーフ)を強制することはなかったが、本人は20歳を目前にした礼拝で神との「結びつき」を実感し、本人の意思で普段もスカーフをかぶることを選んだ。しかし、自分はサウジやカタールのムスリム(イスラム教徒)とは違い、「フランス人でよかった、民主主義の社会がいい」とも言う。

 著者によればイスラムが女性抑圧と思われているのはコーランの歴史的な解釈のため。「何世紀にもわたって男性の視点だけで読み解かれ、父権的な解釈が優先された」ためだという。子どもの頃は両親の里帰りで何度もモロッコに行き、そこでは反抗的な娘と思われていたというが、近代的な民主主義や性の思想とイスラムは矛盾しないとする強い主張で、フランスでは最も有名なイスラム女性となっている。

(白水社 2420円)

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