著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「同志少女よ、敵を撃て」逢坂冬馬著

公開日: 更新日:

 すごいすごい。こんな小説、初めて読んだ。第2次大戦のスターリングラード攻防戦を描く戦争冒険小説だが、中心となるのは、女性だけの独立狙撃小隊なのだ。モスクワ近郊の故郷の村を焼かれ、母を殺された少女セラフィマが、女性狙撃手を育成する学校に入り、そこで多くのことを学び、一流の狙撃手となっていく過程が中心になっているので、これはまず成長小説である。

 戦場における狙撃のさまざまなディテールを克明に描き、迫力満点のアクションが展開するので、もちろん戦争小説でもある。

 独立狙撃小隊のメンバーにはさまざまな女性がいて、その確執と友情、衝突と和解のドラマも彫り深く活写される。それが群を抜くほどうまい。物語の大半はソ連側から描かれるが、ドイツ側から描かれる部分もあり、そうなると正義はどちらにあるのかわからなくなってくる。どちらも独裁国家ではないか、との登場人物のセリフがあるように、どちらにも正義があり、どちらにも悪がある。その戦場の混沌を作者は鮮やかに描きだしている。

 しかし本書をいちばん屹立させているのはラストに明らかなように、戦時性犯罪への怒りだ。女性をモノとしか見ない男どもへの怒りだ。セラフィマを筆頭に、独立狙撃小隊の女性たちが闘っていた「敵」は、ドイツ軍ではなく、無神経で、傲慢な世界中の男たちだったのである。強烈な印象を残すシスターフッド冒険小説だ。

(早川書房 2090円)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    フジテレビ問題でヒアリングを拒否したタレントU氏の行動…局員B氏、中居正広氏と調査報告書に頻出

  2. 2

    “3悪人”呼ばわりされた佐々木恭子アナは第三者委調査で名誉回復? フジテレビ「新たな爆弾」とは

  3. 3

    「かなり時代錯誤な」と発言したフジ渡辺和洋アナに「どの口が!」の声 コンパニオンと職場で“ゲス不倫”の過去

  4. 4

    中居正広氏「性暴力認定」でも擁護するファンの倒錯…「アイドル依存」「推し活」の恐怖

  5. 5

    「よしもと中堅芸人」がオンカジ書類送検で大量離脱…“一番もったいない”と関係者が嘆く芸人は?

  1. 6

    菊間千乃氏はフジテレビ会見の翌日、2度も番組欠席のナゼ…第三者委調査でOB・OGアナも窮地

  2. 7

    入場まで2時間待ち!大阪万博テストランを視察した地元市議が惨状訴える…協会はメディア取材認めず

  3. 8

    米国で国産米が5キロ3000円で売られているナゾ…備蓄米放出後も店頭在庫は枯渇状態なのに

  4. 9

    うつ病で参議員を3カ月で辞職…水道橋博士さんが語るノンビリ銭湯生活と政治への関心

  5. 10

    巨人本拠地3連敗の裏に「頭脳流出」…投手陣が不安視していた開幕前からの懸念が現実に