北上次郎
著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「凜として弓を引く」碧野圭著

公開日: 更新日:

 女子高生が弓道を始める話である。家の近所を散歩していたら神社の境内に出て、かすかにパンという音がするので近づくと、境内の隅に弓道場があり、姿勢のいい人たちが並んで立って弓を射っていた。

 パンという音は弓から矢が離れるときに出る音だ。奥の女性が矢をつがえ、パシンと音を立てて放つと矢は的の真ん中にあたり、スパンッといい音がする。まるで時代劇のセットのようだなあと、矢口楓は思う。

 住宅街の真ん中にあるその神社の境内には大木が密生して、緑が豊かだ。その静けさの中で、パン、パシン、スパンという音だけがひびいて、誰もしゃべらない。矢が的の真ん中にあたっても、ナイスショットという声はかからない。

 これは、楓が初めて弓道に触れるシーンだが、とても印象的だ。ここから初心者の弓道入門編が始まっていくが、段をとって試合に出て、という展開にはならない。いや、もしかするとこれは何巻も続くシリーズものの第1巻で、そのうちに楓も試合に出て、強くなっていく過程が描かれるのかもしれないが、それはまだ先の話である。途中から国枝という老人が登場する意味に、ここでは留意しておきたい。弓を射ることの純粋なたのしさを国枝老人は教えてくれるのである。

 少女が新しい世界を発見する喜びがゆっくりと立ち上がってくる。懐かしい薫りが漂う青春小説だ。

(講談社 770円)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    「踊る大捜査線」12年ぶり新作映画に「Dr.コトー診療所」の悲劇再来の予感…《ジャニタレやめて》の声も

    「踊る大捜査線」12年ぶり新作映画に「Dr.コトー診療所」の悲劇再来の予感…《ジャニタレやめて》の声も

  2. 2
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  3. 3
    一門親方衆が口を揃える大の里の“問題” 「まずは稽古」「そのためにも稽古」「まだまだ足りない稽古」

    一門親方衆が口を揃える大の里の“問題” 「まずは稽古」「そのためにも稽古」「まだまだ足りない稽古」

  4. 4
    阪神岡田監督の気になる進退 来季続投がスジだが…単純にそうはいかない複雑事情

    阪神岡田監督の気になる進退 来季続投がスジだが…単純にそうはいかない複雑事情

  5. 5
    織田裕二がフジテレビと決別の衝撃…「踊る大捜査線」続編に出演せず、柳葉敏郎が単独主演

    織田裕二がフジテレビと決別の衝撃…「踊る大捜査線」続編に出演せず、柳葉敏郎が単独主演

  1. 6
    大谷への理不尽な「ボール球」ストライク判定は差別ゆえ…米国人の根底に“猛烈な敵愾心”

    大谷への理不尽な「ボール球」ストライク判定は差別ゆえ…米国人の根底に“猛烈な敵愾心”

  2. 7
    巨人・岡本和真「急失速の真犯人」…19打席ぶり安打もトンネル脱出の気配いまだ見えず

    巨人・岡本和真「急失速の真犯人」…19打席ぶり安打もトンネル脱出の気配いまだ見えず

  3. 8
    新関脇・大の里の「大関昇進の壁」を親方衆が懸念…看過できない“練習態度”の評判

    新関脇・大の里の「大関昇進の壁」を親方衆が懸念…看過できない“練習態度”の評判

  4. 9
    高橋一生「ブラック・ジャック」高視聴率も続編困難か…永尾柚乃“完璧ピノコ”再現に年齢の壁

    高橋一生「ブラック・ジャック」高視聴率も続編困難か…永尾柚乃“完璧ピノコ”再現に年齢の壁

  5. 10
    阪神岡田監督の焦りを盟友・掛布雅之氏がズバリ指摘…状態上がらぬ佐藤輝、大山、ゲラを呼び戻し

    阪神岡田監督の焦りを盟友・掛布雅之氏がズバリ指摘…状態上がらぬ佐藤輝、大山、ゲラを呼び戻し