「凜として弓を引く」碧野圭著
女子高生が弓道を始める話である。家の近所を散歩していたら神社の境内に出て、かすかにパンという音がするので近づくと、境内の隅に弓道場があり、姿勢のいい人たちが並んで立って弓を射っていた。
パンという音は弓から矢が離れるときに出る音だ。奥の女性が矢をつがえ、パシンと音を立てて放つと矢は的の真ん中にあたり、スパンッといい音がする。まるで時代劇のセットのようだなあと、矢口楓は思う。
住宅街の真ん中にあるその神社の境内には大木が密生して、緑が豊かだ。その静けさの中で、パン、パシン、スパンという音だけがひびいて、誰もしゃべらない。矢が的の真ん中にあたっても、ナイスショットという声はかからない。
これは、楓が初めて弓道に触れるシーンだが、とても印象的だ。ここから初心者の弓道入門編が始まっていくが、段をとって試合に出て、という展開にはならない。いや、もしかするとこれは何巻も続くシリーズものの第1巻で、そのうちに楓も試合に出て、強くなっていく過程が描かれるのかもしれないが、それはまだ先の話である。途中から国枝という老人が登場する意味に、ここでは留意しておきたい。弓を射ることの純粋なたのしさを国枝老人は教えてくれるのである。
少女が新しい世界を発見する喜びがゆっくりと立ち上がってくる。懐かしい薫りが漂う青春小説だ。
(講談社 770円)