ヒトの起源に迫る本特集
「ネアンデルタール」レベッカ・ウラッグ・サイクス著、野中香方子訳
ヒトは進化しているはずなのに、争いは絶えず、先は見えにくい。ここでもう一度、ヒトがヒトとなった起源に立ち戻ってヒトであることを見直してみよう。
1856年、デュッセルドルフのネアンデル渓谷の洞窟で複数の大きな骨が発見された。解剖学者シャーフハウゼンは頭骨が異様に大きく、額が傾斜していることなどから、それが原始的な人類の骨であると結論した。
その後、ベルギーやジブラルタルでも頭骨が発見され、1886年にはベルギーの洞窟でネアンデルタール人のほぼ完全な骨格が発見された。平たくて前後に長い頭骨、オトガイのない下顎、頑丈な四肢をもつその人類は既に絶滅したと認められる。だが、当時は骨の年代を確認する方法がなく、同時に発見された絶滅動物などから推定するしかなかった。ネアンデルタール人が古代人だと判明したのは、放射性炭素年代測定などの手法が開発された1950年代になってからである。
先行人類の発見の歴史を紹介するドキュメンタリー。 (筑摩書房 3960円)
「格差の起源」オデッド・ガロー著、柴田裕之監訳、森内薫訳
ここ2世紀ほどで社会は急激に繁栄したが、その繁栄は世界の一部にとどまった。西欧と北米、オセアニアなどは19世紀に生活水準が飛躍的に向上したのに、アジア、アフリカ、中南米などで向上がみられたのは20世紀後半だった。各国の制度や文化などが発展の速度の違いをもたらしたのだ。
アフリカからの難民を乗せてイタリアに向かった船がリビア沿岸で多数沈没し、この10年間で何千人もの人が犠牲になった。人々が大金を支払って命がけで移住するのは、世界各地に人権や市民的自由、社会の安定性などに格差があるためである。この生活水準の違いは、「労働生産性」の違いを反映している。例えばアメリカの農業の労働生産性は、エチオピアの147倍にもなるのだ。
各国の経済的格差が生まれる原因を解き明かすリポート。 (NHK出版 2530円)
「ネアンデルタール人は私たちと交配した」スヴァンテ・ペーボ著、野中香方子訳
生物学者である著者は、ドイツのライプチヒにある進化人類学研究所で古代のDNAを復元するという難しい研究に取り組んでいる。その結果、新技術「次世代シーケンサー」で約4万年前のネアンデルタール人のDNAの増幅に成功した。以前からネアンデルタール人は現存する類人猿のなかで最も現代人に近いといわれていたが、ほとんどの古生物学者は、現代のヨーロッパ人はネアンデルタール人のDNAを受け継いでいないと考えていた。しかし、ペーボらはゲノムを解析して「ネアンデルタール人が、現生人類に遺伝子を寄与した可能性は否定できない」という結論に達した。つまり、私たちホモ・サピエンスのゲノムに彼らの遺伝子が伝えられているのだ。
2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞した著者が語る、30年にわたる研究の軌跡。 (文藝春秋 1925円)
「人類の起源」篠田謙一著
化石人骨のDNA分析が行われる以前は、日本人の起源は発掘された人体の形態を元に研究されていた。日本列島集団には2つの特徴があり、ひとつは縄文時代の人骨と弥生時代の人骨には明確な相違があるという点。2つ目は①北海道のアイヌ集団、②琉球列島集団、③本州、四国、九州の本土日本人という3つの集団に分類できるという点である。この違いを説明するのが「二重構造モデル」学説だ。
弥生時代以降、在来の縄文人と渡来系の弥生人との混血が進んだが、稲作が行われなかった北海道と、10世紀ごろようやく稲作が始まった琉球列島では、縄文人の特徴が残ったというのだ。ゲノム解析では本土日本人はおおむね似ているが、畿内では渡来系の影響が、周辺の地域では縄文系の影響が強く残るという。
人類進化の系統図から日本人ルーツまで、人類の起源を探る考察の書。 (中央公論新社 1056円)
「化石が語るサルの進化・ヒトの誕生」高井正成、中務真人著
ヒトが二足歩行に進化したのは、前肢を移動運動から解放して他の目的に用いるためだという意見が支持されている。半地上、半樹上生活をしていた初期人類アルディピテクス・ラミドゥスは犬歯と体格が弱いことから、一夫一妻型の繁殖様式をとっていたと考えられる。複数の女性を養うのではなく、手に入れた食物を妻や子に持ち帰るという行動が二足性を進化させたのではないか。進化理論によれば、繁殖の成功につながらない特徴は進化しない。あちこちに子どもをつくるより、1人の女性との間に子どもをつくるほうが多くの子どもを残せるため、食物供給行動しやすい方向に進化したのではないか。
「大昔から人類には利き手があったか」など、ヒトの進化に関するさまざまな疑問に、京大教授の「化石屋さん」2人がQ&Aで答える。 (丸善出版 2420円)