大森望(書評家・翻訳家)
3月×日 本紙でもおなじみだった書評家の北上次郎(目黒考二)氏が、この1月、突然世を去った。同業の大先輩にあたる北上さんとは、書評対談集「読むのが怖い!」シリーズを3冊も出したり、もう30年以上も親しく接していただいていた。それだけに、今もまだ信じられない。
「本の雑誌」5月号の追悼特集では、「北上次郎ならこれ推すね」という企画のために新刊書評を求められ、長考のすえに望月諒子著「野火の夜」(新潮社 2090円)を選んだが、きょう読んだ須藤古都離のメフィスト賞受賞作「ゴリラ裁判の日」(講談社 1925円)でもよかったかもしれない。
これは、手話で人間と会話できるローズという名のゴリラが、動物園を相手取って裁判を起こす物語だ。この小説を北上次郎が推したかどうかはわからないが、ローズのことはまちがいなく好きになったはずだ。ですよね、目黒さん? と話ができないのが残念でならない。
3月×日 きょう発売された彩瀬まるの短編集、「花に埋もれる」(新潮社 1760円)も、北上さんなら推した気がする1冊。巻末に収められた「花に眩む」は、今から13年前、第9回「女による女のためのR-18文学賞」の読者賞を受賞した彩瀬さんの商業誌デビュー作。それが今回初めて書籍化されたことになる。同作の中では、人間は植物に近い性質を持ち、主人公の肌にはセンニチコウの花が咲き、“高臣さん”の背中や腿にはハトムギの葉が茂る。そういう異質な世界における恋愛のありようを、著者はやさしくやわらかく繊細かつリアルに描き出す。
ほかにも、黒革の一人がけアームソファにひとめ惚れする話とか、同じアパートの上の階に住む売れないグラビアアイドルと靴の修繕を通じて奇妙な関係を結ぶ話とか、心変わりした恋人の体からこぼれ落ちたおはじきのような不思議な石を拾う話とか、一度読んだら忘れられない独特の恋愛小説が合計6編おさめられている。いいですよね、これ。どれがいちばん好きすか、目黒さん?