著者のコラム一覧
金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「慶州は母の呼び声」森崎和江著

公開日: 更新日:

「慶州は母の呼び声」森崎和江著

 数年前、訪ねたお寺に7段の立派なひな飾りがあった。古い人形は品のいいお顔立ち。子どもの頃、毎年母が飾ってくれたおひなさまを思い出すなぁ。懐かしく近づいて、ハッとした。ひな飾りって階級社会を模したものなんだとそのとき初めて気づいたのだ。三人官女、五人ばやし、護衛の武士……と緋毛氈の段ごとに身分がきっちり分かれている。最上段のやんごとなきカップルと下段の牛車の世話係なんて、同じ空間にいるのに決して交わらないんだろうなぁ。

 さて今回取り上げるのは、森崎和江さんの名作。新版がちくま文庫に入ったと聞いて、いそいそと手に入れた。1927年に日本統治下の朝鮮半島で生まれ育った森崎さんが、子ども時代を丁寧につづっている。幼いときに見聞きした風景や心をよぎった感情を、ここまで詳細に記憶し、ここまでみずみずしく書ける人がいるのか! とまずそこに驚く。

 しかし森崎さんは懐かしさに任せてこの本をスイスイ書いたわけではなかった。「私は植民地の日本人であった」という刃を自身に何度も突きつけながら「長いあいだ、日録をつけて来た。私の生誕以来の年月日と重ねあわせて朝鮮の事件、出版物、ことわざ、民謡、生活法などを書い」た。その果てに生まれたのがこの一冊なのだ。「なんにも知らずに好きになってしまった。おわびのしようもない生き方をしていた」の一文が胸に迫る。

 この本にひな人形は出てこない。なのに、なぜかわたしは冒頭の発見を思い出した。時々ハッとすることがある。かつて無邪気に愛でていたもの、いや、無邪気に愛でていられた自分自身ののんきな立場に。

(筑摩書房 880円)



【連載】金井真紀の本でフムフム…世界旅

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    “マジシャン”佐々木朗希がド軍ナインから見放される日…「自己チュー」再発には要注意

  2. 2

    石橋貴明のセクハラに芸能界のドンが一喝の過去…フジも「みなさんのおかげです」“保毛尾田保毛男”で一緒に悪ノリ

  3. 3

    佐々木朗希“大幅減速”球速160キロに届かない謎解き…米スカウトはある「変化」を指摘

  4. 4

    ヤクルト村上宗隆 復帰初戦で故障再発は“人災”か…「あれ」が誘発させた可能性

  5. 5

    清原果耶ついにスランプ脱出なるか? 坂口健太郎と“TBS火10”で再タッグ、「おかえりモネ」以来の共演に期待

  1. 6

    松嶋菜々子の“黒歴史”が石橋貴明セクハラ発覚で発掘される不憫…「完全にもらい事故」の二次被害

  2. 7

    「とんねるず」石橋貴明に“セクハラ”発覚の裏で…相方の木梨憲武からの壮絶“パワハラ”を後輩芸人が暴露

  3. 8

    「皐月賞」あなたはもう当たっている! みんな大好き“サイン馬券”をマジメに大考察

  4. 9

    ヤクルト村上宗隆「メジャー430億円契約報道」の笑止…せいぜい「5分の1程度」と専門家

  5. 10

    常勝PL学園を築いた中村監督の野球理論は衝撃的だった…グラブのはめ方まで徹底して甲子園勝率.853