「ウネさんの抱擁」チョン・ウネ著 たなともこ訳
「ウネさんの抱擁」チョン・ウネ著 たなともこ訳
わたしがイラストレーターになった発端は新宿ゴールデン街の行きつけの店のママの緊急入院にさかのぼる。今から15年前のはなしだ。急きょ、代理ママを務めることになったわたしは、お客さんの顔を覚えるため夜ごとカウンターの中で似顔絵を描いたのだった。
それまで絵なんてほとんど描いたことがなかったので何度も失敗する。でも愛すべき酔っぱらいたちを記録しておきたい欲が勝った。あのとき悟ったのは「好きな人しか描けない」の法則。いま仕事でイラストを描くときも似顔絵がいちばん楽しい。わたしにとって「似顔絵は愛」なのだ。だからいやな政治家の顔は絶対に描けない……。
さて本書は韓国で画家、俳優として活躍するチョン・ウネさんが描いた似顔絵ばかりを集めた画文集だ。ダウン症で発達障害のウネさんは、学校を卒業したあと行くところがなかった。その頃のことを本人は「毎日毎日、洞窟の中にいました」とつづっている。でも絵を描くようになって、彼女の視線恐怖症と独り言と歯ぎしりは消えた。
そして2016年、ウネさんはムンホリリバーマーケット(韓国最大級のファーマーズマーケット/フリーマーケット)の一角で似顔絵を描く仕事を始める。これまでに4000人以上の似顔絵を描いたとか。それがこの本のもとになっているのだろう。掲載された似顔絵からは、ウネさんが友人知人を、そしてこの世界をどれだけ愛しているかが伝わってくる。
タイトル通り、抱擁の絵が多い。ウネさんが相手を抱きしめている絵もたくさんあって、あぁ絵を描くのとハグするのは同じことなのだと気づく。
(葉々社 2530円)