「砂漠の教室」藤本和子著
「砂漠の教室」藤本和子著
夏前に本を手に入れて、でもすぐに読み始めなかった。楽しみすぎてぐずぐずしていた。この感覚、本好きならわかってくれるだろうか。大好きな著者の紀行もの、せっかく文庫なんだし特別な遠出のお供にしよう、なんて大事にとっておいたのだ。それがいけなかった。
10月7日、イスラエル軍のパレスチナ・ガザ地区への軍事侵攻が始まった。日を追うごとに目を覆いたくなる光景が伝わってくる。いくらなんでも酷すぎる。あぁ、いまイスラエルの本を手に取る気にはどうしてもなれない……。うなだれて本は放置され続けた。やがて年が明けて、わたしはついにページを開いたのだった。
著者の藤本和子さんはアメリカに長く住む翻訳家、エッセイスト。わたしがとりわけ好きなのは底辺を生きる黒人女性たちの骨太な聞き書きだ。藤本さんが37歳でイスラエルのヘブライ語学校に入学したのは1977年だった。年齢も出身地もバラバラの生徒たちとの5カ月におよぶ共同生活。さらに街や砂漠で会った人々との交流が真摯な筆致でつづられている。やはり読んでよかったと思いつつ、イスラエルを受け止めきれないオロオロは続いた。
終盤の章「なぜヘブライ語だったのか」にたどりついて、衝撃を受けた。藤本さんがヘブライ語に挑んだ理由が怒涛のように明かされるのだ。日本に強制連行された朝鮮人やナパーム弾で焼かれたベトナム人にも言及される。人間の残虐行為を「わかったふう」に取り扱わないためにはどうしたらいいのか。それを考え続ける文章は、オロオロしながら何度も読み返さなければいけない。
(河出書房新社 968円)