「小山さんノート」小山さんノートワークショップ編
「小山さんノート」小山さんノートワークショップ編
都内の公園のテント村に、小山さんと呼ばれる女性ホームレスが暮らしていた。2013年に亡くなったとき、テントには80冊にも上る小さなノートが残されていた。
これを棺に入れて燃やしてしまっていいのだろうか。晩年の小山さんの見守りをしていた人を中心に有志が集まり、「小山さんノートワークショップ」が立ち上がった。動きのある個性的な文字、独特の当て字や言い回しを読み解いてパソコンに入力する作業は容易ではなかったが、中身は衝撃に満ちていた。
8年がかりで起こした膨大なテキストを削りに削ってまとめたのがこの本。テントでの日常、過去の記憶、思考や空想が入り交じり、極貧なのにどこか優雅な小山さん像が色彩豊かな映像のように浮かび上がる。
ある春の日。小さなテントで丸1日過ごしたあと、小山さんは街に出て喫茶店に入る。
「活字も読める、書ける、意識さわやか。また50日間、新しいノートと共に本当の春を歩もう」
なけなしのお金をはたき、1杯のコーヒーで数時間。吹き出す言葉をノートにぶつける。説明なしの主観で書かれた文章から、徐々に小山さんの輪郭が見えてくる。
10代のころから文学や芸術を志し、フランスに憧れていたこと。どんな仕事も半年以上続かなかったこと。40歳を過ぎて生活が逼迫したこと。同居の男性からDVを受けていたが関係を断ち切れなかったこと……。
家なし、職なし。スーパーで残り物をもらい、たばこを拾う。凍りつく冬、汗みどろの夏をしのぐ。それでも小山さんは美しいものに敏感だ。パッと羽を広げる鳥、輝く月、街並みの灯、澄み切った空。街に出るときはおしゃれもするし、音楽に合わせて踊りもする。
「1食しなくても、私はこうして、生活より離れた1人の精神の時間がほしい」
小山さんは世間の規範から自由に、自分の心に忠実に生きた。命がけで表現者であり続けた。生き方そのものが比類ない芸術作品と思えてくる。
(エトセトラブックス 2640円)