澤田瞳子(作家)
4月×日 一昨年から「知らないことにチャレンジ」をモットーに、色々な「初めて」に挑んでいる。農業、酒造り体験、カクテルコンペ……お声がけがあれば何でも経験と出かける。
先日もお誘いを賜り、女優・高島礼子さんが3人座長のお一人を勤められる舞台「メイジ・ザ・キャッツアイ」を拝見した。これまで演劇とは縁遠かったが、歌あり踊りあり、恋に感動、宙乗りと華やかな約3時間に圧倒された。
というわけで手に取ったのが、近藤史恵ほか著「アンソロジー 舞台!」(東京創元社 836円)。小説家5人がそれぞれ、ミュージカル、バレエ、観客等を主題に短編を描いたオリジナルアンソロジーだ。生の舞台とは、二度と同じものは作られぬ一瞬のきらめき。ましてやそれが美しい言葉で紡がれるのだから、作中の数々の舞台にむくむくと関心が湧いてくる。ことに近藤史恵さんの「ここにいるぼくら」は既存の小説やコミックといった2次元作品を3次元舞台化したもの──いわゆる2.5次元作品を主題としており、ファンたちの原作作品への強い愛情と人間模様に圧倒された。
4月×日 エッセーを寄稿中の週刊誌の担当者さんと食事。この方は、学生時代から多くの山々に上って来た、いわゆる「山男」でいらっしゃる。運動が大の苦手な私からすれば、それだけで尊敬の対象だ。「山は輝いていた 登る表現者たち十三人の断章」(新潮社 737円)は、雑誌「山と溪谷」元編集長・神長幹雄氏が編まれ、この編集者さんがご担当なさった随筆集。関東ではお馴染みの高尾山を巡る一編から始まるものの、読み進めるにつれて登場する山が険しさを増し、気が付けばヒマラヤを筆頭とする極限の世界に誘われている。山とは日常と地続きの絶対なる異界だ。私は正直、山に向かう人の気持ちは理解できない。だが本書に描かれる、どうしてもそこに行かねばならないという人の激しい熱望には強い共感と、ある種の羨望すら覚えた。
読書はいつも、未知への扉を開ける。さて、明日はどんな「知らない」に出会えるだろう。