嶺里俊介(作家)
3月×日 井上雅彦監修「乗物綺談 異形コレクションLVI」(有栖川有栖ほか著 光文社 1320円)読了。愛読しているシリーズの最新刊。作家16名が持つ、それぞれの尖った世界が連なる。入院時必携。
昨年5月に、腰の腫瘍が突然肥大し、悪化した。救急車での搬送だったが、近場の病院から軒並み受け入れを断られた。遠方の病院に担ぎ込まれたものの、「明日までもたない」と診断されて夜間の手術となり、一命を取り留めた。術後は順調に回復し、数日後にはトイレまで床を這って移動できるくらい元気になった。以後は車椅子から掴まり立ちを経て、転院を繰り返しながらも9月末には単身でリハビリ旅行へ出かけるほど体調が戻ったのは我ながら驚きだ。
3月×日 定期検診。病院待合室での時間は長い。手荷物に本を忍ばせておくことは必須である。逸木裕著「四重奏」(光文社 1980円)は、いろんな角度から音を文章で表わす手法が楽しめた。聴覚をそのまま紡ぐだけでなく、いったんビジュアル化してから音を編む試みなど実に興味深い。
ちなみに著者の逸木裕氏とは同期デビューのうえ、同大学同学部同学科なので後輩にあたる。一方的に近しさを覚えているため、新刊を見かけるたびに相好を崩す。健康に留意しつつ、ぜひ今後も健筆を振るっていただきたいと心から願う。私が筆を折ったときに、わずかでも我が内に文運が残っていたとしたら、すべて氏へ飛んでいけ。
3月×日 光文三賞授賞式。日本ミステリー文学大賞新人賞の今年の受賞者は斎堂琴湖さん。応募歴は長く、生活に執筆が溶け込んでいる。その小柄な身体から生まれるエネルギッシュな創作意欲は相当なものだと感じた。受賞作「燃える氷華」(光文社 1870円)は、終盤の畳みかける謎解きもさることながら、前半で扱われる事件に含まれる殺人依頼の動機が重い。貧困に喘ぎ、生きる糧だった我が子への愛情の変遷。果ては「いなくなれば」と変貌する様が痛々しい。時を経て母が流した涙は誰がためか。今後のご活躍を。ぜひに。