いしいしんじ(作家)
2月×日 和田純夫著「量子力学の多世界解釈」(講談社 1100円)。かつて読んだ現代物理の入門書のなかでもとりわけ読みやすくスリリング。文体に無駄がなく、科学書なのに侠気がある。内容どおり、ページをめくるごとに波が分岐し、新たな世界にはいっていく実感があった。同時に開いていた九鬼周造著「偶然性の問題」(岩波書店 1254円)が、思考によって同じことを語り尽くしていて驚いた。まさに偶然性ど真ん中。1冊ずつだと曖昧かもしれない理解度が、2冊が互いに引いてくれた補助線によって鮮やかに高まった。
2月×日 科学本の流れで、SF小説を読んでみた。六本木の「文喫」で、タイトルだけ知っていたマイクル・コーニイ著「ハローサマー、グッドバイ」(河出書房新社 1089円)を買い、京都へ帰る「のぞみ」で一気に読んだ。夏の甘いかき氷みたいな読みごこち。最後の1行がごっつい、と噂にきいていた。ごっつかった。
電車で読む本は、進行方向に前向きだと小説、後ろ向きだと哲学書か科学書、右向きだと音楽本や伝記、と、なんとなく決まっている。左向きだとどうにも読みづらい。ページが押し戻される感じがするのかもしれない。寝台車で寝ころんでだとぜったいに詩集。
2月×日 誠光社でオリバー・ストーン著「語られなかったアメリカ史② なぜ原爆は投下されたのか?」(あすなろ書房 1650円)を買って読む。先週読んだばかりのブレイク・スコット・ボール著「スヌーピーがいたアメリカ」(慶應義塾大学出版会 3960円)をもう一度めくりなおす。ぼくたちは20世紀からつづく無限ループにはまりこんでいる。いまだから読め、と本のほうから語りかけてくる。
2月×日 中山記念。中1の息子と梅田のWINSへ。息子が予想した馬券を買う。ショップの棚に並ぶ競馬本の充実ぶり。城崎哲著「カリスマ装蹄師 西内荘の競馬技術」(白夜書房 990円)、本村凌二著「馬の世界史」(中央公論新社 835円)をメモし、近くの紀伊國屋書店へ。出会いを逃したらその本には二度と出会えない。競馬はものの見事にすってんころりんと大負け。