「なぜ日本は原発を止められないのか?」青木美希著/文春新書(選者:稲垣えみ子)
わずか10年余りの世の変化と安全神話の不変に愕然とする
「なぜ日本は原発を止められないのか?」青木美希著
朝日新聞の記者だった11年前、福島の原発事故後に論説委員室へ異動となり、複数いた原発担当の一人となった。だが実を言えば私、記者人生のほとんどをローカルな市井の人の取材に費やした身で原発の知識は誠に薄く、だが原発依存率日本一の関西電力の膝元である大阪在勤の委員としては泣き言を言っている場合ではなく、経験豊かな同僚や社内外の専門家に一から教えを請いまくり必死になって社説を書いた。逆に言えば、それだけたくさんの人にものすごく助けられたのだ。当時の論説委員室も社会も「脱原発」の熱気に溢れていた。我らはどう変わらねばならないのか、何が間違っていたか、現実と理想をどう近づけていくか、毎朝の会議で激しい議論が繰り返されたことを、この本を読みながら「懐かしく」思い返した。
そう、懐かしく。懐かしがっている場合じゃないのに。
それほどまでに世の中は変わった。東日本壊滅もありえた大事故からわずか十数年。岸田政権は原発のリプレースや60年超の運転も可能にする方針を閣議決定、原発を最大限活用すると盛り込んだ法律を成立させた。国のエネルギー基本計画では、原発への依存度を「可能な限り低減」という文言も消される見通しという。多くのことがあの事故の前に戻りつつある。
じゃあ、あの事故で一体何が変わったのか、あるいは変わらなかったのか。そもそも事故はなぜ防げなかったのか。それは、この早すぎる「歴史的転換」を許している我らが知っておくべきことだろう。
本書は原発の歴史も遡りながら、そのことを一つ一つ誠実に丁寧に綴っていく。事故前と事故後で何が変わったかといえば、ほぼ何も変わっていないことに改めて衝撃を受けながら読んだ。当時あれほど批判された「安全神話」は着実に生き続けているのである。そして少なからぬ関係者がそのことを知っているし、それでいいやと思っている。その関係者の中には我ら国民一人一人も入っているのだと私は思う。
著者の青木さんは原発問題をライフワークとするジャーナリストで、数々の受賞歴を持つ新聞記者でもある。だが「あとがき」によれば、本書出版にあたり所属する新聞社からストップをかけられ肩書を伏せての出版となった。その新聞社とは朝日新聞である。かつての熱気を知る者として唖然とせざるを得ない。わずか十数年である。あまりの変わりようである。 ★★★