陰謀論の科学と哲学
「フェイクニュースを哲学する」山田圭一著
某県の知事選ではSNSがマスコミに勝利したといわれる一方、陰謀論が勝利したともいわれた。「トランプ時代」の謎に挑む!
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「フェイクニュースを哲学する」山田圭一著
真実とフェイクの区別がどんどん曖昧になる現代。そこで求められるのが「真実とはなにか」を追究する哲学。本書は千葉大教授の哲学者による誤情報論だ。
他人の言うことを信じていいのか、うわさは信じていいのか、どの専門家を信じればいいのか、マスコミはネットより信じられるのかなどの問いを立て、哲学の概念を説明する。巧みな章構成だ。
といっても簡便で明快な裁断が下されるわけではない。たとえばマスコミとネット情報については、SNSによる集合知が発達した現代ではマスコミ情報の方があてにならないとする学説もくわしく紹介され、反対論にも触れられる。
どちらが有力かは読者自身の判断だ。自分のアタマで考えることが求められる。
具体的には、「それはフェイクニュースだ!」という発言は「やつらのいうことを信じるな!」と受け取られ、自分と違う意見を抑圧したり無視したりする道具となっている。逆になにかを「陰謀論だ!」と呼ぶと、デタラメを信じる愚かな人間というレッテルになり、相手を見下して無視することにもなる。
ではどうすればいいのか? 「おすすめしたいのは、急ぎすぎないことである」と著者はいうのだ。 (岩波書店 990円)
「イマジナリー・ネガティブ」久保(川合)南海子著
「イマジナリー・ネガティブ」久保(川合)南海子著
前著「『推し』の科学」で注目された心理学者の第2弾。前著は「推し活」の明るい顔、ポジティブな面を紹介したが、本書では逆にネガティブな面を追究した。
共通の方法論は「プロジェクション」。人(主体)は外界から受け取る情報をもとに「イメージ」を得て、それを人や事物に「投射」する。この全体がプロジェクション。たとえば推し活では「推し」の誕生日を(本人が目の前にいなくても)祝う。本人不在でも推し活メンバーの心中は幸福感であふれる。なぜならプロジェクションしているから。
逆にストーカーは相手が自分に好意を持っていると思い込んでいる。断られても執拗につきまとうのはそのため。しかしこれは現実と非日常のバランスが崩れたプロジェクションの暴走なのだ。
人間の想像力を認知科学によって解明する試みだ。 (集英社 1012円)
「陰謀論はなぜ生まれるのか」マイク・ロスチャイルド著、烏谷昌幸、昇亜美子訳
「陰謀論はなぜ生まれるのか」マイク・ロスチャイルド著、烏谷昌幸、昇亜美子訳
アメリカ大統領のトランプ再選がいまだ信じられない思いを抱くのは、2021年1月6日の議会襲撃事件をトランプが扇動した事実があるからだ。大統領が選挙に負けたといってクーデターをあおるとは?!
本書もまたこの点から始まる。そして襲撃犯たちの多くがQアノンなどのカルト的陰謀論を信じていたことに注目する。彼らは選挙の不正を信じ、中国がそこに一役買ったと信じ、選挙の不正は必ず暴かれると信じ、そうでなければ軍隊が出動してトランプは終身大統領になり、リベラル派は縛り首になって自由世界が生まれると信じていた。さらに自分たちは死の病を治す秘薬を与えられ、安定と繁栄を約束されると信じていたのだ。つまり襲撃は、より大きな陰謀論の一部に過ぎなかった。
著者は陰謀論と政治の関わりを追及するジャーナリストゆえ科学的な考察ではないが、Qアノン陰謀論を解読するための素材を精力的に集めた。たとえば心理学者によれば陰謀論は「脳が生来持つバイアスやショートカット機能」によって、内心に秘められた「願望、恐れ、世界や人々についての思い込み」を利用して拡散されるのだ。 (慶應義塾大学出版会 2970円)