「火花」の2年前…又吉直樹がのぞかせた芥川賞作家の片鱗
【連載コラム 著作で読み解く芸人の“素顔と本音”】
お笑い界で初の芥川賞作家となった又吉直樹(35)。受賞作の「火花」(文芸春秋)が空前のベストセラーとなった今、彼の名前を知らない人はいないだろう。だが、実は彼はこの作品を書く前からすでにその文才を発揮していた。
「火花」の2年前の2013年に刊行された「東京百景」(ワニブックス)は、又吉が芸人を目指して上京してからの日常をつづった自伝的エッセー。主に芸人として世に出る前のくすぶっていた時期のことが書かれている。
〈東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい。ただその気まぐれな優しさが途方も無く深いから嫌いになれない〉
冒頭の「はじめに」にそう書かれている通り、カネも希望もない下積み時代の又吉にとって、都会の生活は厳しいものだった。そんな彼を支えたのが本だった。慢性的に食費が足りず、空腹を忘れるために本を貪るように読んでいた。
不思議な縁もあった。上京して初めて住んだ三鷹のアパートは、たまたま太宰治の住居跡に建てられたものだった。太宰を敬愛する彼にはこういう偶然のめぐり合わせが多かった。太宰の本を自分の中に取り込みたい衝動に駆られ、文庫本のページを破ってそれを食べたこともあったという。