追悼・藤子不二雄Ⓐ ブラック漫画の先駆者が愛した「B級映画」の数々
88年の人生に幕を閉じた藤子不二雄Ⓐさんは、大人が読んでギクリと身につまされるブラック漫画の先駆者といっていいだろう。ネタのヒントのひとつが映画で、民放テレビの昼間に放送されるようなB級映画を好んで見ては、作品づくりの刺激にしていたという。
そこで、Ⓐさん絶賛の作品をはじめ、ネタのヒントとして好みそうなB級映画を、映画通イラストレーターのクロキタダユキ氏に解説してもらった。
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「ニードフル・シングス」1993年/米国
米国のある町の古物店には、来た者が心奪われる商品が常に揃う。懐かしい思い出の品、心から魅了される世にも美しい品……。そんな品々を切望する客に店主であるゴーントが、こう言葉をかける。
「お代はいらないから、第三者にイタズラをしなさい」
■喪黒福造とダブる主人公のイタズラ
映画が進むにつれ、この店主こそ、「笑ゥせぇるすまん」の喪黒福造そのものに見えてくる。「心のスキマを埋める」客を見つけると、一定の条件でサービスを提供。あるとき、その条件が破られると、「ドーン!」と客を突き落とす。あの喪黒のように。
喪黒が着目した心のスキマに対応するのが、本作ではイタズラだ。店主が客に第三者へのイタズラを指示する。最初は、洗濯物を汚す程度だったが、次第に器物損壊、ペットの殺害とエスカレート。された側は見知らぬ人の仕業だとは思わず、日ごろから快く思っていない人だと思い込み、仕返しを考える。
ついにはイタズラされた者同士が殺し合う事態になり、だれもが暴徒化し、平穏だった町は地獄と化す。葉巻をくゆらしながら、その様子をニタニタと見つめるゴーントの不気味さ。この男も喪黒と同じように「お代はいらない」と客の弱さにつけ込んでいる。
Ⓐさんは生前、喪黒は“人間ではない”としてNHKのインタビューにこう語っていた。
「人間は、ずっと一本の道を通るわけにはいかないわけで、たまに横道にそれたりする。そこで自分に合わないことをやると、とんでもないことが起こるぞ、というひとつの教訓的な漫画を描きたかったわけです」
「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」2018年/韓国
1990年代に実在した韓国のスパイ・黒金星を基にしたフィクションは、Ⓐさんイチオシだ。ハリウッドのような派手なアクションはなく、ピリピリとした息詰まる心理戦の描写が続く。
整然としていても生気のない平壌の街並み、片や地方は餓死と凍死で年間300万人の命が奪われる劣悪な内情。「キム父子によってこの国が監獄となるのがつらい」とボソッともらした北の役人は、翌日には消息不明になった……。
疑心暗鬼の状況下で、韓国情報機関のスパイとして北朝鮮の核開発情報を得ようと必死になるのが、元軍人のパクだ。これまでの肩書をすべて捨て、ビジネスマンになりきり、北朝鮮外貨獲得部門トップのリ所長に近づいていく。
苦労の末、中国での接触に成功するが、南のスパイ疑惑をかけられ、決死の覚悟でビジネスマンを装い続けると、少しずつ信頼を得て、ついには金正日総書記と面会できるまでになった。そんな実在韓国スパイのコードネームが黒金星だ。
本作は、フィクションでも、アクションに頼らず、巧みな心理描写で国の暗部を描く。大人をひきつける秀作サスペンスに仕上がっている。
やがて2人には、奇妙な友情が芽生え、韓国政府の陰謀を阻止しようと予想外の行動に打って出る。韓国大統領選最中のラストが見ごたえ十分。酒を愛したⒶさんのようにグラスを傾けながら楽しみたい。
「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」2015年/イタリア
「プロゴルファー猿」で少年漫画誌初のゴルフ漫画を生み出したⒶさんは大のゴルフ好き。晩年も週2でラウンドしていたとか。そのゴルフ仲間のひとりが世界的漫画家の永井豪氏で、本作は永井氏原作のテレビアニメ「鋼鉄ジーグ」にインスパイアされた作品だ。
友達も彼女もいない孤独なチンピラのエンツォは、窃盗の罪で警察に追われ、逃げ切りを図って川に飛び込むと、川底に不法投棄されていたドラム缶にはまってしまう。そのドラム缶は放射性廃棄物で、偶然、鋼の肉体と怪力を手に入れてしまうのだ。
“旗つつみ”のような超レアな設定がスゴイ。とにかくスーパークリミナルの体を手に入れたことで、銀行のATMを丸ごと盗んだりするのだ。
そんなどうしようもない男は、マフィアの組員の娘に「ヒロ」と呼ばれる。実は女は「鋼鉄ジーグ」の大ファンで、「ヒロ」は主人公・司馬宙(シバ・ヒロシ)だ。
詳細は省くが、後半になってついに正義に目覚めたエンツォが渋いのなんの。中でも、名前を聞かれ、「ヒロシ・シバ」と答えるシーンだ。ロボットアニメに夢中になったことがあれば、思わずグッとくるだろう。
永井氏も絶賛する本作は、エロいシーンがところどころにある。妻や子どもには、隠れて見る方がいいかもしれない。
「ドラキュラ都へ行く」1979年/米国
Ⓐさんの初期の代表作「怪物くん」との共通性を感じさせるのが、本作だ。映画のドラキュラ伯爵も、怪物太郎のお供のひとりドラキュラも、博学で潔癖、プライドが高いフェミニストとして描かれている。
人を殺さず、生きる努力をするところもリンクする。少年漫画としては当然の設定か。しかし、片や米国映画だから吸血で絶命するシーンがあっても、シナリオに不都合はなかったはずだ。
■女性の首を吸血し…「怪物くん」にリンク
その米映画のドラキュラ伯爵は、再開発のあおりで立ち退きを迫られたため、かねて熱烈なファンだった雑誌モデルに会いにニューヨークへ。スッタモンダの末にディスコで憧れの女性に出会った。
2人で踊りまくるうちに意気投合し、首尾よくベッドイン。彼女は首筋を噛まれ、それまで感じたことのない悦楽に酔いしれるが、さてオチは……。
本作を知らなくても、ディスコでブイブイいわせた人なら、劇中に流れる「恋のナイトライフ」や「フライ・バイ・ナイト」などのメロディーに自然と腰が動くはず。
抱腹絶倒のロマンチックコメディーは、伯爵のセリフの語尾に「~ザンス」をつけた吹き替え版が見てみたいなぁ。
「遠い空の向こうに」1999年/米国
1950年代半ば、米国の貧しい炭鉱の町に住む少年ホーマーは、ソ連による人類初の人工衛星に魅せられ、仲間とロケットボーイズを結成。ロケットづくりに励むが、当時は男なら運動神経のよさを武器にアメフト選手を目指すのがスターへの第一歩で、そうでなければ炭鉱で働くしかないのが現実。か細い少年は、夢見る少年とバカにされ続けた。
後にNASAの技術者になる彼の自叙伝を映画化した本作は、Ⓐさんの「少年時代」を彷彿とさせる。どちらの主人公も、体が小さく、イジメられっ子で、それぞれの仲間には、人付き合いが苦手なタイプもいる。Ⓐさんがコンビを組んだ藤子・F・不二雄さんも、人付き合いが苦手だったと伝えられる。
少年が、ロケット開発の第一人者に手紙をしたためるシーン。Ⓐさんもデビュー前、Fさんとともに漫画の神様・手塚治虫に、その肖像画を油絵で描いたファンレターを送っていた。何かに熱中した若いころの思い出に浸れる作品だ。
監督のジョー・ジョンストンは、「スター・ウォーズ/ジェダイの帰還」の一シーンであるスピーダー・バイクの演出が認められ、“飛ぶ題材”を撮らせたらピカイチと評判に。中でも秀作の本作は、すがすがしさを感じるにはうってつけだ。
このGW、B級映画を楽しみながら、Ⓐさんを偲んではどうか。
(イラスト・文=クロキタダユキ)