糖尿病治療の最新ゲームチェンジャー「GIP/GLP─1受容体作動薬」はどんな薬なのか?
肥満症治療薬として承認されたセマグルチド
従来使用されているGLP-1受容体作動薬でも減量効果が期待できます。特に、セマグルチドと呼ばれるGLP-1受容体作動薬は、2021年に肥満症患者を対象とした臨床試験の結果が報告されています。この研究では、BMIが30以上、もしくは27以上で、体重が多いことに関連した糖尿病以外の合併症のある1961人(平均年齢46歳、平均体重105.3キロ、平均BMI37.9)が対象でした。被験者は週1回、セマグルチド2.4ミリグラムを注射する群と、プラセボを注射する群の2グループにランダムに振り分けられ、体重変化が比較されています。
その結果、68週における体重の変化率は、プラセボ注射群で2.4%減に対して、セマグルチド注射群では14.9%減であり、セマグルチド注射群で統計学的にも有意に体重が減少しました。
先に紹介したチルゼパチドの臨床試験データをふまえると、体重減少効果は、セマグルチドよりもチルゼパチドの方が高い傾向にあります。むろん、2つの臨床試験では、被験者の背景や追跡調査の期間が異なるため、単純比較はできません。しかし、複数の研究データを統合した研究データでも、チルゼパチドはより優れた体重減少効果が示されており、GLP-1のみならずGIPにも作用する同薬の特徴が影響している可能性もあるのです。
なお、セマグルチドはオゼンピック(R)の商品名で2型糖尿病の治療薬として用いられていますが、2023年3月にはウゴービ(R)の商品名で、セマグルチドが肥満症の治療薬として承認されました(発売時期は未定)。
■最終治療目的に近づく可能性も
今年の7月28日付で、厚生労働省は「GLP-1受容体作動薬の在庫逼迫に伴う協力依頼」と題した通知を発出しています。GLP-1受容体作動薬の需要増に伴い、一部の製剤において限定出荷が生じているためです。需要増加の要因は、美容や痩身、ダイエットなど、適応外でGLP-1作動薬が使用されている事情も大きく関連しています。近年、自由診療でGLP-1作動薬をやせ薬として用いる機会が増加しており、俗に「GLP-1ダイエット」などと呼ばれています。
2023年8月に、日本イーライリリー株式会社はトルリシティ(R)(デュラグルチドを主成分とするGLP-1作動薬)に関する案内文書の中で、同薬の効能または効果は「2型糖尿病」であり、適応外で使用された場合には、本来の効果が見込めないだけでなく、思わぬ健康被害が発現する可能性も想定されると注意喚起を行っています。
同文書ではまた、真に必要な患者へ少しでも多く供給できるよう、適応外使用(美容・痩身・ダイエット等)は厳に控えるよう強調されています。
むろん、高い減量効果が期待できるチルゼパチドも、その発売直後から流通状況が悪化していて、今年7月18日から限定出荷が開始されています。セマグルチドもまた、同8月から限定出荷が開始されており、GLP-1作動薬の流通悪化は、まさにドミノ倒しの様相となっています。このような事態の早期解決のためにも、不適切な適応外使用に伴う健康被害や、不適切使用の実態を正確に把握する必要があります。
GLP-1作動薬も医薬品であり、一定の確率で副作用が発生する可能性があります。同薬の低血糖リスクは低いとはいえ、過度な摂食制限を併せて行えば、重大な低血糖の発生リスクは高まります。また、GLP-1作動薬には、吐き気や嘔吐などの胃腸障害の副作用が知られています。適切な適応症に基づかない安易な使用は厳に慎むべきです。
糖尿病の最終治療目的は糖尿病の3大合併症(糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害)や動脈硬化に伴う心臓病の予防、さらには健康寿命を延ばすことです。
しかし、糖尿病治療薬の中で、心臓病や腎臓病を予防できると証明された薬は必ずしも多くはありません(表)。
現在、心臓病や腎臓病の予防効果について、質の高い研究データが存在する糖尿病治療薬は、2010年代に販売が開始されたSGLT2阻害薬とGLP-1作動薬です。これらの薬剤は、糖尿病患者の将来的な健康リスクの低下を目的に、その処方機会も増加していくでしょう。
▽青島周一(あおしま・しゅういち) 2004年城西大学薬学部卒業。保険薬局勤務を経て2012年から医療法人社団徳仁会中野病院(栃木県栃木市)勤務。特定非営利活動法人アヘッドマップ共同代表。主な著書に「OTC医薬品 どんなふうに販売したらイイですか?」(金芳堂)、「医療情報を見る、医療情報から見る エビデンスと向き合うための10のスキル」(金芳堂)、「医学論文を読んで活用するための10講義」(中外医学社)など。