生きることは旅すること 美空ひばり「川の流れのように」を聞くと病床の母を思い出す
昭和の時代が終わったのは昭和63年、1988年のことである。翌年は平成元年でその年の6月に美空ひばりが亡くなった。52歳という若さでこの世を去った。「昭和の歌姫」という番組が多く組まれた。
ちょうど私が45歳の頃で会社勤めからフリーの仕事につき5年目であった。バブル経済の勢いがまだ残っていた時期で、出版社やPR雑誌からの仕事がいくらでもあり、毎夜のように浮かれ、フラフラと深夜まで飲んだくれていた。
その頃、町田の郊外に小さな家を建てた。妻と2人の子は、近くの多摩丘陵の野原を走り回っていた。
ある休日の夕方に、家族が買い物に出掛けていたので、ビールを飲みながら、ぼんやりテレビを見ていたら、美空ひばりの死去の特集をしていた。
それまでほとんど歌謡曲番組は見たこともなかった。画面には淡い緑色のドレスをまとった美空ひばりが、なんだか寂しそうな笑みを浮かべ、あの「川の流れのように」を低く流れるように歌いだした。そしてサビで「あ~あ~」ときたときに不意に涙が湧いてきた。そしてまたリフレインする「川の流れのように」で、なんと号泣してしまった。
私の母は美空ひばりより1歳上の53歳で亡くなった。私が19歳のときに長いがんの闘病生活を送り、寒い2月に息を引き取った。