ファーストキャビン小林千花社長「舞台女優→ホテル経営者」華麗なる経歴とホテル業界の展望
特許取得「キャビン」は被災地でも活用可能
──なぜホテル業界へ?
実は、モデルや舞台女優のかたわら、ホテルライターとして雑誌やウェブに寄稿していたんです。実家はホテルを経営しており、祖父も父もホテルマン。日常の延長にホテルがあり、子供の頃は親に連れられ、大人になってからは趣味として、国内外のホテルに泊まってきました。その経験がホテルライターの仕事につながったんですね。ただ、ホテルが身近な存在だったからこそ、ホテル経営の難しさを十分に理解していたので、自分が関わるとは思っていませんでした。きっかけは、祖父が常に持ち歩き、書き込んでいたメモを受け取ったことです。
──何が書いてあったんですか?
祖父が抱くホテル像がびっしり書かれていました。観光学科の教授もしていたので、講義でも使っていたんでしょう。祖父には「私は女優をやりたいんだ」と話していたので、なぜ手帳を私に託したのかはわかりません。間もなく祖父は亡くなり、祖父が人生をかけて書いた手帳が私の手元にあるのは祖父の思いを受け継いだということだ、という気持ちが湧いてきたんです。正社員登用してくれた会社に申し訳ないと思いつつ、すぐ辞表を出し、父に「ホテルで修業がしたい」と言いました。
■富士屋ホテルに住み込みで修業
──-思い切りましたね。
父が箱根の老舗「富士屋ホテル」を紹介してくれ、研修という形で住み込みで働きました。従業員用の寮で寝起きをし、清掃もプール掃除も夜勤も、やれることは全てやりました。華やかな部分だけではない、ホテルの仕事を知った上でも、人生をかけてホテルの仕事をしたいのか。自問自答の日々の中、浮かび上がってきたのが「日本一のホテルをつくりたい」という気持ちです。一方で、ラグジュアリーホテルをつくるには莫大な資金が必要ですから、すぐにとはいかない。そんな中、ご縁があってファーストキャビンからお声がかかり、視野を広げるチャンスとお引き受けしました。
──舞台への未練は?
舞台とホテルの共通点を見つけたんです。舞台もホテルも、提供する側と受け取る側のマリアージュでどんな空間になるかが決まる。どんなにすてきな内装でも、働いている人間が不機嫌であれば、空間は居心地が良くないものになる。働く人間も含め、居心地良く過ごせる空間づくりのために、私は何をすべきか。舞台からホテルへとステージは変わりましたが、目指しているところは同じなんだな、と思っています。
──社長に抜擢されたことをどう捉えていますか?
運営する10施設のうち直営が2施設、運営委託が2施設、あとは全てフランチャイズです。私たちと一緒にファーストキャビンをつくってくださるパートナーさま(オーナー)と手を取り、47都道府県全てにファーストキャビンをつくりたい。それには、ホテルに対して強い情熱を抱く人間が上に立つ必要があります。社長に、という話があった際、役員からも「あなた以上にホテルへのパッションがある人はいない」と言われましたが、私自身もそこは自信があります。また、ファーストキャビンが掲げていることのひとつが、女性の泊まりやすさ。20代の私がときめくかときめかないか。経験が少なく、若いからこその感覚を忖度なくスタッフに伝えています。
──2006年創業のファーストキャビンは20年4月に破産申請。営業権とキャビン(部屋)の特許を譲り受けた新日本建物が子会社へ譲渡。ファーストキャビンHDに商号変更し、現在に至っています。いわば“新生ファーストキャビン”なわけですが、小林さんならではの展開は?
「飛行機のファーストクラス」というコンセプトを徹底して落とし込んでいく。ビルオーナーさまからフランチャイズのお問い合わせがあれば、私が実際に現地に行き、場所に応じたファーストキャビンを提案しています。従業員に対しては、例えば私が描く「白」と皆が描く「白」が同じになるとは限らない。私が入社する前から働く社員もいますし、過去の良い部分は残しつつ、私の思いを伝えなくてはならない。そのため、SNSなどを駆使し、私が考えるファーストキャビンを伝えていきたい。従業員だけでなく、お客さま、今後一緒に走っていきたいと手を挙げてくださるフランチャイズオーナーさまへ、私の思いを伝えることにもなると思います。
──キャビンの特許を持っていることは他社にはない強みです。
キャビンは天井が高く立ち上がることができる組み立て式。これを設置すればよいので、初期投資が少なく、ビルの1フロアからでもホテル事業へ参入できる。フランチャイズオーナーを募集する上で、かなりのメリットになっています。能登半島地震が起きましたが、キャビンを屋外に置けば個室空間のある避難所としても活用できる。キャビンを使った授乳室や仮眠室など、使い方は無限。さまざまな可能性を考え、キャビンのアップデートも予定しています。
──家族とホテルの話をすることはありますか?
父とは一番の親友。ホテルの話を毎日のようにして、相談に乗ってもらっています。ラグジュアリーホテルだろうが、ビジネスホテルだろうが、カプセルホテルだろうが、行き着く先は同じ。お客さまを迎え、快適に過ごしてもらうには、何をすべきか。自分のフィールドでその方法を見つけていくことが、ホテル経営なのだと考えています。祖父の手帳も、ことあるごとに見返しています。
(聞き手=和田真知子/日刊ゲンダイ)
▽小林千花(こばやし・ちか) 1995年、東京都生まれ。大学在学中から生島企画室に所属し、ホテルライター、モデル、女優として活躍。テイクアウトアプリを運営するmenuのコミュニケーション本部で広報・PRを担当後、2022年9月に取締役でファーストキャビンHD入社。23年11月、社長就任。東京の老舗「丸ノ内ホテル」の創業者一族で、小さい頃からホテルが大好き。昨年はホテルへ120泊した。