<第7回>白鵬らモンゴル人横綱の原点となった「公園の酒盛り」
夜の公園に聞きなれない外国語が響く。ボソボソとか細い声もあれば、時折、談笑や大きな声も交じる。その合間に「プシュッ!」と、缶のプルタブを開ける音も聞こえてくる。
浴衣姿でマゲを結っているから、彼らは力士だろう。しかし、その体形はお世辞にも立派とはいえず、身長が高いがためにことさら痩せて見えるのも中にはいた。
ひとりが缶ビールをあおると、別の力士は紙コップについだウイスキーをチビチビとなめるようにして飲む。そしてため息をつきながら、短い言葉を漏らしていた。おそらくは「モンゴルに帰りたい」……。
これは現在の光景ではない。モンゴル人力士が大勢来日した2000年前後、白鵬や日馬富士、鶴竜などが入門した当時の出来事だ。
総武線両国駅から徒歩数分の場所にある両国公園。昼間は近隣の子供たちの声が絶えないこの公園は、当時、来日したばかりのモンゴル人力士たちにとっても憩いの場だった。
後に横綱になる白鵬らもこの中にいた。彼らの多くはモンゴルから直接、相撲部屋に入門。日本の高校に留学していた朝青龍のような力士はほんの一握りで、そのほとんどは言葉すら通じない環境に苦しんでいた。