池谷幸雄氏が解説 全日本体操で見えた東京五輪注目の4選手
東京五輪まであと90日。コロナ禍の中、代表選考会が着々と進んでいる。体操も18日に閉幕した全日本選手権から代表争いが始まった。6月には選考大会が終わり、代表選手が決定する。全日本連覇を果たした村上茉愛、種目別「鉄棒」に絞った内村航平ら注目選手の展望はいかに。五輪2大会連続メダリストの池谷幸雄氏に語ってもらった。
◇ ◇ ◇
■内村航平(32歳)オールラウンダーからスペシャリストへ“転職”
まず、30歳を過ぎて現役で体操競技をやっていることが普通ではあり得ない。メダル以前に東京五輪に出場することそのものに意義があります。
僕は22歳で引退しました。20歳を過ぎてからケガの治りが遅くなってきて、22歳のときには体がボロボロ。高校時代から成長するにつれ、壊れていく感じで、医者からは「大人になったら体が動かなくなりますよ」と言われながらやっていましたね。
当時と今ではトレーニング技術や設備、治療法……あらゆることが違いますが、それでも30歳を過ぎるとガクンと体の衰えを感じるようになる。鉄棒専念は自分の体と相談した結果の判断でしょう。が、相当な決心が必要だったことは想像できますし、オールラウンダーからスペシャリストになることで余計に苦しんだ部分もあると思います。
■「鉄棒」で負担少
一方で、「体への負担」という側面では、かなりの軽減になる。両肩に“爆弾”を抱える内村選手にとって、6種目をこなす個人総合から鉄棒一本に絞ったことはもちろん、つり輪のような、肩への負荷が大きい種目がないこともプラスになっています。
しかも鉄棒は、他の種目に比べて比較的負担が少ない種目。鉄棒への激突や手のマメなどのリスクは伴いますが、肉体的なダメージは少ないのです。
ただ、代表に選ばれた場合、東京五輪での金メダル獲得にはH難度の離れ技「ブレトシュナイダー」の成功が大前提。もともとこの技がなければ(全日本の)予選も通っていないですから。あとはミスなく着地が決まれば、金メダルの可能性も高くなります。
内村選手が「ブレトシュナイダー」をやり始めたのが2~3年前。30歳手前で新しい技に挑戦すること自体が難しいのに、自分のものにして試合に使うなんて、なかなかできない。30歳なんて現役を続けているのがやっとという状態なのに、さらに新しい技を組み込んでいく負担は相当なもの。普通はやりませんよ。
内村選手も村上選手と同じで、1年間の五輪延期は、十分な休息を取って体を整える意味でプラスに作用したのかなと思います。これを昨年、無理やり6種目で強行して出場していたら、ここまでの成績は残せなかったかもしれません。
村上茉愛(24歳)全日本連覇、メダルの可能性十分ある
全日本選手権の演技を見たら、しっかり体も動いていたし、顔もシャープだったのでうまく調整できているんだなと思いました。
小さい頃から調整の善し悪しが「顔に出るタイプ」。だいたい顔の大きさで調整できているなとか絞れていないなというのが分かる。顔が膨らんでいるときは練習が足りていないことが多かった。
特に中学、高校の頃は体が縦より横に伸びる体質で、痩せにくくて苦労していました。その頃に比べれば、体が成長してきたので、だいぶ落ち着いて体を絞りやすくなったと思います。
■延期がプラス
24歳だけに10代の若手選手のようにガンガンと詰めて練習することはできない。ある程度は体を休めながら練習と調整を進めていく必要があります。好調なときほど調子に乗りすぎるので、抑えていかないといけないタイプでもあり、そういう意味では、東京五輪の開催が1年延びたことが逆に良い方向に働いたと思います。
5月のNHK杯で五輪代表に内定した場合、本番までに2カ月以上の時間があります。五輪にピークを持っていくため、この2カ月間で状態の上げ下げがどれだけうまくできるか。彼女は腰に“時限爆弾”を抱えているので、そことうまく付き合いながら休みを入れて調整するのが重要になってきます。
ゆかの大技「シリバス」は小学生のときからずっとやってきて技に対する余裕があるので、他の選手に比べるとそこは強いですよね。加えて、持って生まれたプラス思考というのも大きいなと思います。何があってもへっちゃらなタイプ。逆に、調子に乗りすぎて抑えないといけない選手なので、練習しすぎて腰を痛めちゃうというのを気を付けないといけない。
■4種目の安定感
東京五輪ではメダルの可能性は十分にある。その色が「金」かどうかは別。やはり一番上の表彰台に上がるには、ライバルの米国選手に勝たなければいけない。
そこで重要なのは、全日本で平均台の失敗があったように、ミスをいかに減らすか。とにかく4種目を安定させて、今持っている実力を100%の状態で演技する。それができるかどうかでメダルの色は変わってくると思います。
橋本大輝(19歳)全日本Vの「ポスト内村」
日本のエースになっていく選手だと思います。どの種目も器用にこなし、バランス良く高いスコアを残せるオールラウンダーで、着地も上手。まさに内村選手の後継者といわれるタイプです。
■カギはDスコアの完成度と「鬼門」
彼のように「Dスコア」(技の難度)を取れる選手は多くないので、完璧に成功すれば高い点数が出る。メダルの可能性は十分にあります。
ただ、Dスコアの高い技をそこまで入れて演技構成がつくれるかというのがまず問題。当然難しい技ですから、入れすぎたら失敗のリスクは高まる。全日本で失敗したあん馬は、完成度が未熟な中、Dスコア(の高い技)を入れた難しい構成でトライしていた。本人も自信がなかったと言っていたけど、不安を抱えた状態では絶対に成功しないのがあん馬。もともと6種目の中でも「鬼門」といわれる不安定な種目で、選手にとってはあん馬が終わらないと安心できないというのがあるんです。
(全日本で)予選6位までの選手は、決勝はゆかから始まり、7位以下はあん馬から始まる。決勝ではそのあん馬で成功できたので、あとの種目でも波に乗れたのは大きかったと思います。
北園丈流(18歳)ケガに泣いた「天才」
全日本選手権の鉄棒で落下して右肘靱帯を損傷。次のNHK杯に間に合えばいいのですが。スローで映像を見ましたが、肘が完全に反対側に曲がっていた。いつ練習を再開できるか……という感じですね。
(全日本選手権の予選)トップ通過がプレッシャーになってマイナスに転じ、ケガにつながってしまったのかなと思います。こういうときって普段やったことのない失敗をするんです。僕も経験があるので、気持ちはよく分かる。
僕が91年の世界選手権で死にかけたときは、「ゲイロード」という技で失敗して、鉄棒が首に当たってグシャッとなった。あのとき鉄棒の種目別に出場していた8人の中で3回も離れ技を構成に入れていたのは僕だけ。それが成功すれば金メダルという状況だった。そういうプレッシャーの中での感覚が北園選手にもあったのかもしれません。
彼の場合は、東京五輪が予定通り行われていたら間に合っていなかった。それが1年延期になった中で今年実力を伸ばして候補に挙がってきた選手。小さい頃から筋力もあって線もきれいでした。パリ五輪を狙える選手でもあるので、今後のことを考えれば、いま無理をすべきか、というのもあります。
(構成=中西悠子/日刊ゲンダイ)
■選考基準メモ
残す選考大会は、男子がNHK杯(5月15、16日)と全日本種目別選手権(6月5、6日)。女子はNHK杯のみ。男子はNHK杯の上位2人を団体総合メンバー(計4人)に選出し、残る2人は種目別選手権までの結果をふまえて、先に決めた2人との組み合わせでより高い得点を得られるなどの条件を満たした選手を選ぶ。
鉄棒に照準を絞った内村が目指すのは個人枠での出場。6種目の各選手と最大2枠を争う。個人枠は日本体操協会(JGA)が作成した独自の世界ランキングにおいて決定する。女子はNHK杯の上位3人が代表に決定。残り1人はチーム貢献度の高い選手が女子強化本部長推薦で選ばれる。
▽いけたに・ゆきお 1970年9月26日、東京・府中市生まれ、大阪市育ち。4歳から体操を始め、清風高3年の88年、ソウル五輪に出場し、団体銅、個人種目別ゆかで銅メダル。日体大4年の92年にバルセロナ五輪で団体銅、個人種目別ゆかで銀メダル。同年に引退し、タレントに転向。2001年に「池谷幸雄体操倶楽部」設立。タレント業と並行して、村上茉愛らを育成した。