メダリストで組織委顧問の山本博氏「東京大会は2年延期すべきだったと思っています」

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山本博(日体大教授/ロス五輪銅、アテネ五輪銀メダリスト)

 8月8日に閉幕した東京五輪。連日のメダルラッシュに沸いた一方、コロナ禍の影響でスタンドには関係者の姿しかなかった。ずさんなバブル方式で関係者から感染者が相次いだことも忘れてはならない。組織委員会顧問で「無観客の判断が遅い」と苦言を呈してきたメダリストは、この五輪をどう見ているのか。リモートで話を聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ――まずは山本さんも活躍されているアーチェリー男子団体が銅メダルを獲得しました。

 世の中には「銅メダルで喜んで何ぞや」と言う人もいるかもしれません。常に金メダルが求められる柔道では銅でも悔し涙……というケースもある。でも、色に関係なくメダル獲得はアーチェリー男子選手の悲願だった。1988年ソウル五輪からアーチェリーでも団体競技が採用されてから、常に「男子は団体でメダルを取れる」と言われ続けてきた。それでも8大会でメダルを取れず、9大会目でようやく、なんです。我々日本の男子アーチェリー選手にとっては、歴史的な第一歩が踏めたということです。

■あちこちに「無観客」決断遅れの弊害が

 ――その快挙もしかし、スタンドには関係者しかいませんでした。無観客開催についてはどう思いますか。

 それ自体は仕方ないと思います。仮に有観客だとすれば、極めて大きな人流が起きたでしょう。例えば午後9時半に試合が終わって、都内近隣に住んでいる人ならば大半は直帰するでしょうが、地方から来たお客さんは、「晩ご飯を食べてからホテルに帰ろう」などとなるわけです。営業時間の短縮や酒類の提供禁止などのルールを守らない飲食店も少なくない。もし、そこで新型コロナウイルスに感染し、地元に帰ったら……。このコロナ禍で苦労している人もたくさんいるし、身内を失った人もいる。むしろ、もっと早く無観客の決断に踏み切れなかったのでしょうか、と思います。

 ――決断が遅れたことで、いろいろな弊害も出ました。

 さまざまな競技場で仮設スタンドを建設しましたよね。あれだって、もっと早く無観客が決まっていれば、その分のお金も浮いたはずではと。組織委員会の皆が現場で大変に動いていることはもちろん分かっています。でも、予定というのはこんなにも変えられないものなんですかね?

 ――と言いますと。

 首都高の1000円割り増しにしてもそうです。おかげで幹線道路は大渋滞ですよ。

 ――選手や関係者の移送を円滑にするため、交通量規制を目的とした値上げとなっていますが……。

 ただでさえ無観客の上に、観光客による人流もない。五輪期間中、高速道路が混むとはあまり思えません。選手の移送についても、優先レーンをつくってパトカーなどを先導させれば何の問題もありません。僕が過去、出場した五輪ではそうだった。なぜ臨機応変な対応ができないのかとは思ってしまいます。

 ――国民への負担も決して少なくない。

 総額900億円といわれたチケット代もそうです。これはもともとIOCには入らないお金なのです。国が負担しようが東京都の負担となろうが、最終的に国民の税金で補填されるわけですから。選手は一生懸命頑張っていますので本当にそこは評価すべきですが、運営に関してはどこか釈然としない大会になっているのも事実です。

開催国の負担が大きすぎる

 ――五輪開催をめぐっては反対意見も多かった。

 勘違いしてほしくありませんが、僕は五輪反対派ではありません。ただ、本当の意味で、参加した選手が安全に有意義にプレーできる環境を提供すべきだと思っています。その意味で東京五輪は1年ではなく2年延期すべきだったと思っています。

 ――1年延期は安倍前首相の強い要望でしたが、少しでも早く五輪を開催したいIOCがそれに乗っかってしまった。

 開催が来年だったら、有観客で開催できたはず。今回もそうですが、とにかく五輪は開催国の負担が大きく、しかもお金も凄くかかる。76年に夏季五輪を開催したモントリオール(カナダ)は約1兆円の負債を抱えた。僕が銀メダルを獲得した2004年のアテネの赤字は、その後のギリシャ危機の発端になったといわれているほどです。とにかく五輪はIOCが求めるレギュレーションのハードルが高いように感じます。メインスタジアムは夏季五輪なら最低6万人といわれている。旧国立競技場は最大収容5万6000人だったので、基準を満たせず、建て替えることになった。選手村の滞在費だって主催国持ちですからね。

 ――選手だけで1万1000人。役員やスタッフも含めるとさらに大人数となり、最大1万8000人が宿泊可能といわれています。

 役員の人数削減や滞在時間の短縮などもIOCは検討すべきでしょう。それだけ経費の削減にもなりますから。

■都や政府は中途半端なことしか言わない

 ――選手村をめぐってはさまざまな不平不満も出ていますね。

 あれは言う方がおかしいと思います。選手村のテレビや冷蔵庫はあくまでオプション。必要ならば事前申請をしておくべきです。それを知らない一部の選手が、SNSなどで発信して大ごとになってしまった。ただし、組織委員会の橋本会長がそんな不満に対し、「できる限りの対応をする」と言ってしまったのはどうかと思いました。それを許してしまったら、すでにお金を払ってオプションを購入した競技団体はどうするのか。

 ――そもそも橋本会長はそうしたルールを知っていたかどうか……。

 僕ら貧乏な競技団体は、監督がいる棟にしかテレビや冷蔵庫はありませんでしたよ。ある大会では女子選手がわざわざ男子のところに冷蔵庫を借りに来たこともあった。そもそも、1万1000人全員のために備品を調えたら大変ですよ。

 ――大会終了後はマンションとして売り出しますが……。

 いくら家具付きといっても、今の日本人は家具にもこだわりがある。選手が使用したベッドをそのまま使いたいという人がどれだけいるか。僕の経験ですが、五輪では軍隊からのレンタルが多かったですね。

 ――軍隊ですか?

 例えばアテネ五輪ではギリシャ軍のマークが入った毛布で寝ましたよ。大会が終わったら再び軍に返却する。各国、工夫しているんです。それをいちいち全部新しく作ったり買っていたら、大会後はどうするのか。中古屋に売るのか、ということになってしまう。だからこそ、東京都や政府はそうした実情をきちんと説明する形がよいと思います。

 ――確かに詳細な説明は少ない。

 やはり税金を使っている以上、国民には説明してしかるべきでしょう。にもかかわらず、中途半端なことしか言わないから政府や東京都が悪者になってしまっている。選手村の感染状況も人数以外は非公表なのもおかしいと思います。選手村近隣に住む人のためにも、その情報は公開すべきです。ボランティアの皆さんなどいろいろな方々のおかげで現在も五輪が開催されており、もちろん選手含め皆が良かったと感じる大会で終了してほしい。ただ、国内で頑張る医療従事者など感染拡大の中で動かれている方々も大勢います。可能な限り情報開示があり、皆に納得される運営を望みます。

(聞き手=阿川大/日刊ゲンダイ)

山本博(やまもと・ひろし)1962年、神奈川県生まれ。アーチェリー選手として計5回の五輪に出場し、84年ロス五輪で銅メダル、2004年アテネ五輪で銀メダルを獲得。日本体育大学教授、公益財団法人東京都体育協会会長など多方面で活躍。東京五輪では組織委員会の顧問も務める。

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