「(菊池雄星を)高1で超えてやる」 天性の負けず嫌いが花巻東に進学した“本当の理由”
華々しい活躍で世界を沸かすドジャース大谷翔平(29)。
日刊ゲンダイが過去に連載した「秘話 大谷翔平『二刀流の血脈』」を、大谷の自信、気質、アタマの3点に焦点を当てて再編し、その軌跡を紐解いていく。今回は第1回。
◇ ◇ ◇
子供の頃から人一倍、負けず嫌いだった。
水沢リトル時代、全国大会に出場するも初戦敗退。試合後の集合写真には泣き腫らし、腫れぼったい顔をした大谷が写っている。味方がエラーすれば、マウンド上で腹を立てた。一関シニア時代も、試合に負けると目に涙を浮かべた。
父親の徹さんは中学時代、陸上三種競技の岩手県大会で6位に入賞しながら、それでも野球に転向。例えば100メートル走では1位にならない限り他人の背中を見ることになる。それが嫌でたまらなかったからだ。父親の強烈な反骨心、好きな野球で他人に負けてたまるかというハングリー精神にも似た気持ちが大谷の原点にはある。
花巻東高3年時、春の選抜の初戦で藤浪晋太郎(現メッツ)のいた大阪桐蔭に完敗。その藤浪から本塁打を放ったものの、投手としては8回3分の2を7安打7四球9失点と火だるまに。すると夏は取り返そうと、翌日から闘志むき出しで猛練習。山梨遠征では圧巻の投球を見せ、夏の岩手県大会準決勝(対一関学院戦)では160キロをマークした。