想像を絶した新天地ベトナムの隔離生活 窓のない部屋にカンヅメ、体重が3キロ減った
それでも、開幕当初は「大輔中心のサッカーをする」と指揮を執っていた霜田正浩監督(現・松本山雅監督)が明言。松井も磐田や横浜FC時代より重用されるはずだった。
が、3月末に霜田監督が解任され、4月には松井自身にも契約解除が報じられるようになった。
「実際のところ、契約解除報道は違ったんですけど、代理人のところに複数のJクラブから問い合わせが入りましたね。でも僕自身はベトナムで引退するつもりで行ったから、中途半端な形で終わりたくなかった」
その後、ベトナムは長期のロックダウンに突入。
さすがの松井も耐え切れなくなり、8月には「日本に戻ろう」と覚悟した。
初めての東南アジア挑戦は不完全燃焼で終わったが、40代に突入した松井のキャリアはまだまだ続いていく──。