トヨタ打倒は夢と散った VW排ガス不正の真実
昨年9月に発覚した、ドイツのフォルクスワーゲン(VW)による排ガス不正問題。同社と世界の自動車市場で1、2位を争うトヨタを有する日本にとっても、大きな衝撃だった。熊谷徹著「偽りの帝国」(文藝春秋 1400円+税)では、在独25年のジャーナリストが、この巨大スキャンダルについて徹底取材。事件の経過やVW社内の権力構造などについても明らかにしている。
VWによる排ガス不正は、アウディA3など一部のディーゼル車のエンジンに「ディフィート・ディバイス」と呼ばれる違法ソフトウエアを搭載することで行われていた。このソフトウエアは、車が試験場で排ガス試験を受けていることをタイヤやハンドルの作動状況から感知。試験時に限り、排気に含まれるNOX(窒素酸化物)の量を減らす装置を作動させていた。
大気中のNOXに太陽光が当たると有害物質オゾンが発生し、気管支炎やぜんそく、肺気腫のリスクが高まるといわれている。そのためアメリカでは厳しい排ガス規制が定められていたのだが、VWが打倒トヨタを実現するには世界最大の自動車市場であるアメリカの攻略が不可欠だった。同社のエンジニアたちは、燃費を下げることなく厳しい排ガス規制にも合格するディーゼルエンジンの開発に心血を注いだ。しかし、条件をクリアするエンジンを完成させることは、ついにできなかったのだ。
排ガス不正問題に関するVWの年次報告書と抗弁書では、2006年から一部のエンジニアたちが違法ソフトウエアの使用を決定したものの、上層部は何も知らなかったと主張している。
一方、著者は、当時のCEOであるピシェッツリーダー氏が、VWの陰の最高責任者といわれる監査役会長ピエヒ氏に推された傀儡(かいらい)的社長であるなど、社内権力構造がいびつであった事実なども明らかにしている。
謹厳実直であったはずのドイツの看板企業が、なぜ不正に手を染めたのか。本書は日本の企業人にとっても大きな教訓をもたらすはずだ。