梶よう子氏 連載直前インタビュー
絵師たちのひたむきな姿を描いた「ヨイ豊」や植物を題材に取った「御薬園同心」など、幅広く時代小説を手掛けてきた作家・梶よう子氏による、1カ月読みきり連作時代小説「おいらの姐さん」が、来週月曜日からいよいよスタートする。12月掲載の第1話は「花魁煙管〈おいらんギセル〉」だ。
舞台は江戸後期。善次郎こと、絵師の渓斎英泉が遊女屋で贔屓の太夫・七里を待っている場面から物語は幕を開ける。なかなか姿を見せない七里にゴネ出す善次郎だったが、男の格好をした雑役のお捨を見た途端、「おれの筆で女にしてやりたい」と心躍らせる――と冒頭から善次郎のお調子者ぶりが、軽快なタッチで描かれていく。
「本作は、江戸後期に活躍した絵師、渓斎英泉の半生と彼が関わった人たちを描く連作小説です。1カ月1話読みきりなので、毎月、絵師や市井の女性などさまざまな人物を登場させる予定です。舞台は文政5、6年。文化文政の一番賑やかな時で、浮世絵や錦絵が盛り上がっていた時代でもありました。葛飾北斎や歌川広重、戯作者では為永春水や滝沢馬琴ら、スターがずらり揃っていて非常に面白い時代なんですよ」
主人公の英泉は美人画で知られる絵師のひとりだ。前著「北斎まんだら」では葛飾北斎やその娘お栄と深い関わりのあった人物としても描かれている。
「浮世絵師が活躍した時代を前期、中期、後期の3つに分けると、英泉はちょうど真ん中を生きた絵師なんですね。それほど名は知られていませんが、数いる絵師の中でも英泉はちょっと異色なんです。絵師としての活躍だけでなく、物書きとしてほかの絵師のことを書き残していたり、私生活では武家を追い出された身であり、腹違いの妹3人を育て、遊女屋を営み……と、本当に絵師をやりたかったかどうかわからないところがある(笑い)」
英泉は生涯で1000人以上の女を描いている。英泉の描く女は、他の絵師たちと違ってどこかアンニュイで艶っぽいのが特徴だ。
「浮世絵よりも春画をたくさん描いた英泉にとって、女を描くとはどういうことだったのか、とても興味をかき立てられますね」
そんな史実を基に著者が描き出す英泉像を一言でいうなら、憎めない“お調子者”だという。
「私生活から想像するに、バイタリティーというか、ガッツのある人だったと思いますね。『俺はダメだ』なんてへこむタイプではなく、『ええい、どうにでもなっちまえ』と行動したんじゃないかな。真面目で思い詰めるような人だったら、あの画狂人・北斎父娘とは付き合えませんから(笑い)。ケチで有名な馬琴にも可愛がられていたことを考えると、お調子者でありながらも、武家の出らしく、きちっとしたところも持っていたのでは。天性の人たらしだったかもしれません」
今月掲載の第1話「花魁煙管〈おいらんギセル〉」では関わりのある人物として歌川国貞が登場する。国貞は役者絵が有名だが、女を描くのも得意な絵師だった。
「英泉は優男風の男前、国貞はがっちりした感じで、今風に言うとマッチョ系な男前とタイプは異なりますが、どちらも女を描くのが好きで、生身の女も好き(笑い)。第1話は、この2人による太夫・七里をめぐっての色男対決です。実は英泉は国貞に『本当の女を描いてねぇ』と言い放っているんですね。言下に女を抱かずして女が描けるか、という意味合いのことを言っているんです。英泉は女を描く以上は抱く派ですから、そのあたりも楽しみにしていただけたら。ともあれ、英泉は人として面白く、男として魅力的な人物。世知辛い時代ですが、英泉の“いい加減”ぶりに身を重ね、楽しんでいただきたいですね」
英泉の美人画はゴッホの「タンギー爺さんの肖像」に描かれている。背景に描かれた花魁の立ち姿がそれだ。現在、東京都美術館で「ゴッホ展」を開催中。そのポスターになっている<花魁>も英泉の美人画をゴッホが写したものだそうだ。
果たして、英泉がどのような男ぶりを発揮するのか、乞うご期待。切り絵作家・小宮山逢邦氏による挿絵もお楽しみに。