人と人をつなぐことこそ出版の醍醐味
「ボーリンゲン 過去を集める冒険」ウィリアム・マガイアー著 高山宏訳/白水社 6800円+税
1922年、スイスの精神科医・心理学者のC・G・ユングは、チューリヒ湖畔のボーリンゲンに土地を買い、翌年、塔のような円形家屋を建てた。有名な「ボーリンゲンの塔」である。この塔は、ユングの「個性化の過程を具現するもの、記念すべき普及の場所」でもあった。
そして、そのボーリンゲンの南、スイスとイタリアの国境にまたがるマッジョレー湖畔のアスコーナで、33年以来50余年にわたって毎年開かれていたのがエラノス会議だ。
ユング思想の共鳴のもと、東西の哲学、宗教、芸術、科学を包含する学際的試みで、参加者には、マルティン・ブーバー、ミルチャ・エリアーデ、鈴木大拙、アンリ・コルバン、ゲルショム・ショーレム、カール・ケレーニイといった、きら星のような学者たちの名前が並ぶ。
ユングに傾倒し、このエラノス会議にも参加した米国の資産家、ポールとメアリー・メロン夫妻は1942年に、その名も〈ボーリンゲン基金〉を設立、学術研究の支援と出版事業を開始する。そこから生まれたのが〈ボーリンゲン叢書〉で、本書は、基金が設立される経緯に始まり、その後の出版活動を詳細に跡づけたもの。
巻末に、ボーリンゲン叢書の一覧が付されているが、ユングの著作はもちろん、K・クラーク著「ザ・ヌード」、E・H・ゴンブリッチ著「芸術と幻影」、E・R・クルツィウス著「ヨーロッパ文学とラテン中世」、エリアーデ著「永遠回帰の神話」……といった書名を見るだけでも、20世紀の知的世界に果たした役割の大きさが分かるだろう。
本書には多くの人名が登場するが、読み進めていくうちに個々の名前が次から次へとつながっていく。訳者がいうように、まさに「人的交流史の傑作」である。最近、あちこちで出版文化の衰退が取り沙汰されているが、こうした人と人をつないでいくことこそが出版の醍醐味。もって範としたい。
<狸>