「『広辞苑』をよむ」今野真二氏
1955年に初版が刊行、2018年に第7版が刊行、この「10年ぶりの改訂」は大きな話題となった。
本書は歴史ある辞書「広辞苑」を「よむ」楽しさを伝える書である。
「Aという言葉の語義を知りたい時に、『広辞苑』を使ってAの語義を知ることを『読む』行為とします。でも辞書の情報量はすごいので、Aの反対語や類義語、語源を知ったり、隣の見出しに目を移したりと、自分の問い以上の情報を得られる。知りたかったことのついでに、別の情報を拾って帰るのも辞書の面白さだと思うんです。そういう脱線や遊びを含んだ行為をこの本では『よむ』として、『よむ』ことで、自分の言葉の宇宙を広げていく楽しさを伝えたいと思いました」
そのために「広辞苑」とはどういう辞書なのかを、「凡例」をじっくりよみ、他の辞書と比較することで説明していく。著者が挙げる「広辞苑」の傾向の一つが「歴史主義」である。
例えば「大辞泉」や「大辞林」では、語義は、現在使われている意味や用法→昔使われていた語源に近い意味や用法の順に記しているのに対し、「広辞苑」は逆になる。つまり最初に、語源に近い意味や用法がくるのだ。あるいは他の辞書と比べて、「万葉集」で使われていた語が多く見出しになっている。
「これは意外でした。『万葉集』に足跡を残している語を見出しにしておこう、という意志のようなものを感じましたね。辞書は〈大型〉〈中型〉〈小型〉に分けられますが、辞書を作る際の編集スタンスがもっとも問われるのが、『広辞苑』が属する〈中型〉辞書だと思います。例えば『今』と『歴史』のどちらに比重を置くかにおいて、大型はボリュームがあるからどちらも採用できるのに対し、小型はボリューム的に『今』を重視せざるを得ない。中間の〈中型〉には、どちらに寄りますか、という問いが成立するのです」
改訂版が出ると必ず話題になるのが「新語」である。第7版では「スマホ」や「ツイート」「上から目線」など、約1万項目が追加された。だが約25万項目を収める全体から見ればそれは一部に過ぎず、本書は初版から第7版までの定点観測を行うことで、かなりの見出しが受け継がれていることを示す。
「辞書の売りとして新語が話題になるのはいいのですが、全体から見たら大きな割合を占めているわけでもないし、新しく定着した言葉を辞書に入れるのは自然なことですから、あまり騒ぐことでもないかなと思います。そもそも私たち日本語研究者にとって、言葉が変化していくのは大前提にあります。だから、辞書は規範的なものと捉えられやすいですが、ある時代に編集者という人間が作っているものに過ぎなくて、第8版になったら変わるかもしれない。一つの言語宇宙がそこにあるということです」
モバイル版やロゴヴィスタ版など、電子辞書の使い方や遊び方も提示されている。「検索」することで、初めて見えてくるものがあるのだ。
例えば夏目漱石の文例が、芥川龍之介や川端康成に比べて、際立って多いことが分かる。とはいえ著者は、「インターネット上の辞書を手放しでいいと思っていない」と言う。容易に書き換えられることで、情報が不安定になったり、バランスが崩れたりすることを指摘している。
最後に、著者が「練りに練りました」と語るクイズでぜひ遊んでほしい。見出しと語釈を結びつけるシンプルなクイズながら、始めるとウンウンうなり、こんな言葉があったのか! と驚き、きっとあなたの言語宇宙が広がるはずだ。
(岩波書店 820円+税)
▽こんの・しんじ 1958年、神奈川県生まれ。86年、早稲田大学大学院博士課程後期退学。高知大学助教授を経て、清泉女子大学教授。専攻は日本語学。著書に「仮名表記論攷」(第30回金田一京助博士記念賞受賞)、「『日本国語大辞典』をよむ」「日日是日本語 日本語学者の日本語日記」など多数。