「孤塁 双葉郡消防士たちの3・11」吉田千亜著

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 東日本大震災と、津波による福島第1原発事故から9年が過ぎた。今、人々の関心は新型コロナウイルス一辺倒で、記憶の風化に拍車がかかっている。

 あのとき、メディアは連日、福島の危機を報じた。東京消防庁のハイパーレスキュー隊や自衛隊の活動が大々的に伝えられた。しかし、その陰で、地元・双葉郡の消防士たちが命がけの活動を続けていたことは、まったく報道されなかった。彼らは家族や住民が避難した後も地元に残り、過酷な環境で、文字通り不眠不休で働いていた。逃げ遅れた人を避難所に送り届け、体調を崩した人を病院に搬送した。東電の要請を受け、原発構内で給水作業も行った。防護服と線量計を身につけて奔走しながら、家族と仕事、恐怖と使命感の間で葛藤した。

 地元の消防士たちは研修の際、「原発は安全」と繰り返し教えられていた。それなのにこの現実はどうだ。起きるはずのないことが目の前で起きていた。そのとき、彼らは何を考え、どう行動したのか。約70人の消防士たちの証言を集め、知られざる3・11を記録した渾身のノンフィクション作品。生き証人たちが実名で語るあの大惨事の実相に戦慄し、それに立ち向かった一人一人の思いが胸に迫る。

 家族の安否がわからないまま仕事を続ける者、出動前に遺書を書いた者、泣きながら仲間を見送った者……。緊急出動しても悪路に阻まれる。連絡手段もないまま、病院をたらい回しされる。放射能に汚染されているからと理不尽な扱いを受けることもあった。地域の人を助けるのが本来の仕事のはずなのに、生まれ育った土地に人はいない。日夜被曝の危険にさらされ、誰からも顧みられず、それでも「ヒーローになる必要はない」と、寡黙に孤塁を守った。「誤った国策のツケ」を払わされた最前線の消防士たちが、戦争に駆り出された兵士の姿に重なる。

(岩波書店 1800円+税)

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