「武漢日記 封鎖下60日の魂の記録」方方著/河出書房新社

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 本書は武漢在住で現代中国を代表する作家である方方氏が、武漢が都市封鎖された76日間にSNSに書いた「日記」をとりまとめたものだ。

 世界初の新型コロナウイルスの流行地となった武漢で何が起き、人々がどのように行動し、そして何を考えていたのか。新聞やテレビでは詳しいことが報道されないので、私は十分知らなかった。その意味で、文章力のある著者が、時系列で詳細に事実を記述した本書は、ドキュメントとしても、高い価値を持っている。

 しかし、本書は事実を淡々と追いかけるドキュメントではない。それは、著者の厳しい社会批判が頻繁に登場するからだ。批判の矛先は、官僚や武漢政府だけでなく、医療界にも向けられている。

 中国は、検閲と情報統制の国といわれている。実際、著者のSNSも何度も削除の憂き目にあっている。それでも、著者の言説を圧倒的に支持する多くの国民の声に支えられ、本書はアメリカで出版され、今回、日本語でも読めるようになった。

 普段、香港での言論弾圧のニュースばかりみているので、驚いた。これだけのことを書いても、著者が逮捕されたという話を聞かないから、中国の言論弾圧は、すべてに及んでいるというわけではないのだろう。

 私は、むしろ日本の言論界の窮屈さを痛感した。日本では、よほどのことがない限り、SNSが削除されるようなことはない。しかし、新型コロナ感染症拡大初期に「PCR検査を大幅に拡充せよ」と言うだけで、医療崩壊を招くと、世間から袋叩きにあった。医療界を批判しようものなら、袋叩きでは済まなかった。言論人が、軒並み茶坊主化するなかで、政府の手ぬるいコロナ対策が温存され、日本はいまだにコロナ禍から抜け出せない。一方で武漢は、感染を収束させ、ほぼ日常を取り戻している。4~6月期の中国のGDPは前年同期比3・2%増だが、日本はマイナス9・9%だ。

 もちろん中国のコロナ対策に多くの問題があったことや都市封鎖が大きな犠牲を招いたことも事実だ。しかし、日本が武漢の経験をコロナ対策に生かせなかったことが、現状につながっているのだから、今からでも、武漢に学ぶべきではないか。 ★★半(選者・森永卓郎)

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