「目に見えない傷」レイチェル・ルイーズ・スナイダー著 庭田よう子訳

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 2017年、世界中で5万人の女性がパートナーまたは家族によって殺されている。アメリカでは毎月15人の女性が親密なパートナーによって“銃”で殺されている。こうした事実があるにもかかわらず、これまでDVは各家庭の個別の問題とみなされ、対応が遅れていた。しかし、本書の著者は「DVは個人的な問題ではなく、公衆衛生の喫緊の課題である」と明言する。本書は、外からは見えにくいDVの実態を、被害者、加害者、双方の家族、そして支援組織や担当警官などから直接話を聞き、多層的に描いていく。

 本書ではいくつかのDV事件が取り上げられているが、そのひとつは2001年モンタナ州で起きた事件だ。4人家族の父親が、妻と2人の娘を殺害後、自ら命を絶った。著者は、妻の実家および加害者の実家を訪れ、2人がどうやって出会い、事件に至るまで何が起こっていたのかを詳細に記していく。事件が起きるまでに夫から妻への暴行は何度もくり返され、妻は危険を察知し子どもを連れて何度か逃げているが、結局は夫のもとに戻り、ついに悲劇的な結末を迎えることになる。

 こうした場合、よくいわれるのが、「被害者はなぜ加害者のもとにとどまるのか」という疑問である。しかし著者は、被害者のことを自分たちが理解していないからこうした疑問をぬけぬけと発するのだと批判する。実際に圧倒的な暴力にさらされている人間の恐怖は、なかなか他の人に伝わりにくい。実際この事件でも加害者・被害者双方の家族はそこまでの危険を感じ取っていなかった。しかし、それをできなかったことはその後、長い間双方の家族を苦しめることになる。

 一方で、DV事件の予防、被害者支援、加害者の更生を目指す各種の組織・運動も出てきており、それらについても多くのページが割かれている。本書では銃社会アメリカの特質が描かれているが、その根っこは日本でも同じで、つい最近も悲劇的なDV事件が伝えられた。見えにくいこのDV問題の本質を理解することが何より必要だろう。 <狸>

(みすず書房 4500円+税)

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