「安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル」村山治著/文藝春秋
「検察庁法改正案に抗議します」という笛美の抗議文がツイッターに投稿され、それが拡散して、“官邸の守護神”と呼ばれた黒川弘務を検事総長にする「改正」が阻止されたのは今年の春だった。
いま、河井克行、案里の買収事件や安倍晋三の「桜を見る会」前夜祭問題、そして「週刊ポスト」が12月11日号で暴いた菅義偉の疑惑がクローズアップされているが、黒川が“健在”だったら、これらは闇に葬られたかもしれない。二階(俊博)派事務総長で、自民党の総裁選で菅陣営の選対事務局長を務めた吉川貴盛の収賄疑惑も日の目をみなかった危険性がある。
黒川と現検事総長の林真琴は検察35期の同期生だった。林がプリンスであり、黒川は汚れ役にまわる。政権が汚れれば汚れるほど黒川は重用され、林が退けられる関係になる。その「暗闘のクロニクル」を村山はダイナミックに描いていく。
安倍政権は今井(尚哉)政権だと皮肉られるほど、安倍は経産官僚の今井を信頼したが、菅はそれに対抗して黒川を知恵袋とする。
「ただ、これで、黒川はつらい立場になった。法務・検察で居場所がなくなった。官邸は、検察という役所のメンタリティを理解していない。黒川に対する論功行賞で検事総長に、と考えるだろうが、逆に、検察現場や法務省は反発する」
検察の元首脳はこう語ったという。しかし、一連の官邸の人事介入で検察が負った傷も深く、復元力も弱くなっている。菅が上川陽子を法相にして、いま、法務と検察の間に亀裂が生じているともいわれる。菅の手足の官房副長官の杉田和博や国家安全保障局長の北村滋ら警察官僚が、これからも林検察の足を引っ張り続けるだろう。なにしろ、官邸は河井を法相にしたわけだからである。
検察にも、厚生労働省の局長だった村木厚子を証拠を改ざんしてまで罪に問おうとしたような弱みもある。
そもそも検察には、経済検察の系譜の特捜検察と、思想検察の流れの公安検察があるという。いずれにせよ、もろ刃の剣の検察を、まっとうな方向に導くのは国民の声である。
私は「平民宰相 原敬伝説」(角川学芸出版)を書いたが、原が政党政治の発達を妨げるものとして警戒したのが軍部と検察だった。
いま、林は「政治との一定の距離を保って職務を遂行すべき」と言っている。 ★★★(選者・佐高信)