中華街が舞台の家族史ドキュメンタリー
「華のスミカ」
米中対立が激化の一途という報道に、ふと、むかし横浜っ子の先輩に聞いた中華街の話を思い出した。およそ300軒もの中華料理店の並ぶあの街は、かつて「大陸派」と「台湾派」に分かれて互いに反目していたというのだ。
まさにその話を一種の“家族史ドキュメンタリー”にしたのが、今月下旬に封切り予定の「華のスミカ」である。
監督の林隆太は横浜生まれの華僑4世。しかし15歳になるまで父が中国人だったことを知らず、むしろ当時は漠然と中国嫌いだったという。それがふとしたことで、自身も日本育ちの父が少年時代、紅衛兵の姿で毛沢東語録を振りかざしていたことを知る。そこから父や祖母、伯父、さらに父の恩師や「台湾派」を率いた地元の古老にまで取材を広げて製作したのが本作である。
もっともそんな話で連想されるような暗い記憶やアイデンティティーの葛藤といった事柄に話は向かわない。本作がユニークなのは、中国に行ったこともない日本国籍の父がそれでも自分を「中国人だ」という姿を前に、あっけにとられる監督自身の驚きを無防備なほどあるがままにさらした点だろう。
世界各地の中華街を調査してまわった山下清海「世界のチャイナタウンの形成と変容」(明石書店 5060円)によると、近年の各地の中華街は中台ばかりでなく、東南アジアのインドシナ系華人らの移住などで大きく変化し、ニューヨークの中華街では「新興の香港系、福州系、ベトナム系の華人ギャンググループのなわばり争い」も起こっているという。
最近では香港の住人流出も止まらず、横浜中華街も古くからの世代が後継者難で廃業する一方、大陸から来た新華僑の進出がめだつ。そろそろ30代を終える監督には、家族史と現代史がさらに深く切り結ぶ次作を期待したい。 <生井英考>