「イン・ザ・プール」奥田英朗著
名医といって思い浮かぶのは、ブラック・ジャックやドクターXの大門未知子のような飛び抜けた手技を持つ医者。あるいはDr.コトー診療所のコトー先生のように患者に寄り添う献身的な医者。そんなところが一般的な名医のイメージだが、本書の主人公はそれにはほど遠いトンデモ医者。だが彼の手にかかるとなぜか患者は治ってしまう。これもまた名医なのか。
【あらすじ】出版社に勤務する大森は、夜中に呼吸困難に陥ったり下痢が続くなどの不調が続いており、神経科で治療を受けることに。
そこにいたのは、40代前半と思われる色白の太った男。伊良部一郎というその精神科医はカルテを見ただけでストレス性の体調不良と病名を告げ、患者の悩みなど聞かないし、ストレスをなくすなんてむだな努力だから、何か別なことに目を向けた方がいいという。たとえば、繁華街でやくざを闇討ちして歩くとか……。
呆気に取られつつもなんだか納得した大森は、プールで泳ぐことにした。すると、プールへ行かないと調子が悪くなるほどのプール依存症になってしまった。これを聞いた一郎は止めるどころか一緒にプールへ通い、揚げ句は夜中にプールへ忍び込んで思う存分泳ごうと挑発してくる。はちゃめちゃな一郎に引っ張られているうちに大森の体調は戻っていた。
その他、陰茎強直症でペニスが立ちっぱなしのサラリーマン、誰よりも美しくスタイル抜群だという妄想にとらわれているコンパニオン、携帯依存症の高校生、自分の部屋が火事にならないか心配でたまらない強迫神経症の男、いずれも過激な一郎の前では病が引っ込んでしまう――。
【読みどころ】天然なのか計算なのか判然としないが、一郎は類例のない名医・迷医であることに間違いない。 <石>
(文藝春秋 682円)