漱石から百閒まで 作家評伝本特集

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「百間、まだ死なざるや」内田百間伝 山本一生著

 人々を魅了する作品を次々と生み出す作家の舞台裏をのぞいてみたくなることはないだろうか。気になる作家を深掘りしたくなったら、作家の評伝本はいかが。今回は、作家の創作活動の奥の奥を探る作家評伝本5冊をご紹介!



 人物の日記から、時代を読み解くことをライフワークとしている著者による、内田百間伝。百間は、戦後「百閒」と記されることが多いが、本書で扱う範囲の大半が戦前のため本書ではあえて「百間」としている。

 百間の日記は、「百鬼園日記帖」「続百鬼園日記帖」「東京焼盡」「百鬼園戦後日記」「恋文・恋日記」などがあるが、本書は百間の日記だけでなく交友のあった古川ロッパや野上弥生子の日記なども引用しながら、百間の生涯を立体的に描く。

 たとえば、親友の妹・堀野清子への初恋を7年かけて成就させたものの、夫人を悪者にしたかのような「相剋記」を書いたことを契機に夫婦仲が破綻したことを、野上弥生子が夫人に同情的につづっていたことも紹介。参考文献の多さも圧倒的で、百間ファン必読の一冊だ。

(中央公論新社 3960円)

「文豪と異才たち」久我なつみ著

 父母共に作家という環境で育った著者が、才能を開花させブームを起こした作家たちの隆盛をつづった日本文学史。日本文学史上最初のベストセラー「好色一代男」を著した井原西鶴から、文壇とは一線を画した村上春樹の大躍進まで、江戸から現代に至るさまざまなブームを起こした作家たちの隆盛を著者独自の視点で考察している。

 中でも、出版社の歴史と職業作家成立の関係の考察は面白い。樋口一葉が辛苦をなめたのは出版社が草創期だったためで、活版印刷登場の前夜だったことに由来するという。一葉が文学を志した時、文芸誌を継続的に出版できた出版社は皆無だったのだ。一葉は日本初の総合出版社「博文館」が文芸出版に進出した時期に間に合ったものの、頂点に手が届いた途端に息絶えたという指摘が何とも切ない。

(河出書房新社 1650円)

「感染症の時代と夏目漱石の文学」小森陽一著

 漱石が生きていたのは感染症が身近な時代だった。本書は、漱石の小説に登場する感染症をテーマに、著者が今年オンラインで行った中国・広東外大での集中講義を書籍化したもの。

 天然痘のアバタを気にする苦沙弥先生が登場する「吾輩は猫である」と主人公が受けた予防接種の影響を示唆する「道草」、感染症研究と軍の関係を描いた「三四郎」、腸チフスで運命が変わった友人夫婦が登場する「それから」、インフルエンザでの転地療養が描かれた「」の計4章構成だ。

 著者は、「吾輩は猫である」と「道草」には、天然痘で右頬にアバタが残った漱石自身が投影されており、顔の右側を隠すポーズの肖像写真が残っているのもそのためだと指摘。小説を読み込むと漱石にとって感染症は欠かせないテーマだったことが見えてくる。

(かもがわ出版 1760円)

「森鷗外『渋江抽斎』を読む」中村稔著

 森鷗外が書いた史伝「渋江抽斎」を通して、鷗外の思想やその背景を丹念に探りながら、鷗外が興味を持った幕末から維新直後の動乱期の時代風俗についても考察した書。

 そもそも森鷗外が渋江抽斎を知った経緯として、著者は徳川時代の武鑑を収集していた鷗外が弘前医官渋江氏蔵書記という朱印のある本に出合い、さらに上野の図書館の江戸艦図目録という写本の文中に抽斎の文字を見つけて、渋江氏と抽斎が同一人物ではないかと調べたことに端を発していることを紹介。

 鷗外は渋江氏が抽斎であることを確かめ、さらにはその子孫まで探り当てる。有名人ではなかったが、抽斎が医者であり、官吏であり、考証家であったため、鷗外が親近感を抱いたのではないかと著者はいう。鷗外の史伝の読み方本として興味深い。

(青土社 2640円)

「叛逆する精神 評伝 藤森成吉」中田幸子著

 大学在学中に執筆した「波」で小説家として出発し、戯曲「何が彼女をさうさせたか」で有名になった藤森成吉。本書は、プロレタリア文学者として小林多喜二と並び称された藤森の根底に流れる「叛逆する精神」に迫った評伝だ。

 長野の薬種店の一人息子として生まれた藤森は、経済的に恵まれた知識階級の家庭で育った。藤森が覚醒するきっかけは、ロシア文学。なかでも二葉亭四迷の翻訳によるツルゲーネフの作品に感化された。そして作家として活躍していたさなか、突如、藤森は労働の世界に身を投じた。米国の小説家ジャック・ロンドンが日本人に与えた影響を調べていた著者は、藤森の転身のきっかけが彼の著書「野性の呼び声」だったことを知り、藤森に興味を持ったという。自らに忠実に生きた作家の生涯がまぶしい。

(国書刊行会 3520円)

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