「問題の女 本荘幽蘭伝」平山亜佐子氏

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 女優、新聞記者、喫茶店オーナー、救世軍兵士、講談師、劇団座長、書籍販売員、ホテル経営者など、次々と数十もの職業に就き、一生涯で50人近い夫を持った上に、関係を持った男性は120人以上──。

 今の時代に現れたなら、ネットニュースが速報を競い、テレビのワイドショーを連日賑わせたに違いない。本書はそんな明治12年生まれの型破りな女性の評伝だ。

「今、本荘幽蘭という名前を聞いてピンとくる人はめったにいないでしょうが、100年前の東京で尋ねたら、相当数が知っていたと思います。女優の松井須磨子やオペラ歌手の三浦環らと肩を並べて、たびたび新聞などで報じられていましたから。『幽蘭が何々を始めた』と動向を伝える記事はしょっちゅうで、京都日出新聞(京都新聞の前身)には自伝連載もありました。彼女の生き方は褒められたものではなかったかもしれませんし、何かを成し遂げたわけでもないけれども、『女のくせに』と揶揄される風潮だった明治、大正、昭和の時代に、自分で道を切り開き、能動的に時代を駆け抜けて生きた稀有な女性です」

 著者は「戦前の不良少女」を調査中に幽蘭の凄みを知ったという。8年かけて、あまたの資料に当たって仕上げた力作だが、エピソードの一つ一つに「マジか?」「おいおい」などと突っ込みを入れ、寸劇を楽しむように読める構成になっている。

 幽蘭は元久留米藩士で弁護士の次女。父親が元芸者の「妾」と暮らす家での幼少期を経て、横暴な父親に次々と結婚相手候補を示されるが、いずれも破談に。一方的に思いを寄せられた男に暴行され妊娠。図らずも死産し、精神に異常をきたす。家父長制の中、つらい少女時代を過ごした。

「巣鴨病院に入院し、精神面が回復した後、幽蘭は明治女学校に入学するんです。明治女学校は、一般的なミッション系女学校のイメージと違い、『バンカラ風を誇りとしていた』といわれる伝説の学校で、幽蘭はそこで覚醒したんですね。病気になって寄宿舎で寝込んでいた幽蘭に、食パンと白砂糖と卵を持って見舞いに来てくれた男の先生のことを、後で他の先生に『可愛い坊ちゃんだね。少し妾(わたし)に惚れているんだろう』と語ったというエピソードが、その事始めです」

 良く言えば自己愛が強く想像豊か、悪く言えば手前勝手。卒業後、以前から好きだった人と結婚し、男児を出産するも出奔。そこから無軌道で破天荒な人生を突き進む。

 さまざまな事業を起こした幽蘭だが、何をするにも資金が必要だ。手持ちの金はない。そんなとき、必ずや誰か助っ人が現れる。友人知人らから器用に借金する。難なく踏み倒す。その繰り返しだ。何しろ弁が立った。

「元憲兵伍長が経営していた神田のミルクホールをのっとるときは、珍しく自分で資金をつくろうとして、吉原遊廓で働こうと引き手茶屋の主人を訪ねましたが、『あなたを娼妓にさせるのはもったいない』とばかり断られたんです。それでもなんとか老舗の角海老楼を紹介させ、この一件は瞬く間に話題になり、幽蘭を世に知らしめることとなりました。転んでもただでは起きないというか(笑い)」

 そんな幽蘭に言い寄る男が限りなく現れる上、幽蘭自身が恋愛に瞬発力を持つことも多かった。冒頭に記したとおり、夫が約50人、肉体関係の相手が120人以上。結婚、恋愛に関しても世俗を超越している。

「メディアに『淪落の女』『妖女』などと書き立てられる幽蘭を好きになる男たちには共通点があったと思うんです。『並の女じゃない幽蘭とつきあう自分が好き』という男のナルシシズムがそれですね」 

 没年は不明。昭和28~39年の間に死去したようだ。

 自分からは遠い世界の話だと思うことなかれ。本書の読者の7割が男性だそうだ。何があってもポジティブな幽蘭の生き方から、性別を問わず「人生なんでもアリだ」と勇気をもらえる。

(平凡社 3080円)

▽ひらやま・あさこ 挿話収集家、デザイナー。戦前文化、教科書に載らない女性の調査を得意とする。著書に「20世紀破天荒セレブ──ありえないほど楽しい女の人生カタログ」「明治大正昭和 不良少女伝──莫連女と少女ギャング団」(河上肇賞奨励賞受賞)など。

【連載】著者インタビュー

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