「田中清玄」徳本栄一郎著

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 とんでもなく破天荒で複雑怪奇、矛盾に満ちているが、めっぽう面白い。こんな快男児が20世紀の日本にいた。

 戦前は武装共産党の委員長。逮捕、投獄され、11年服役。獄中で転向し、戦中は禅寺で雲水修行。戦後は右翼の黒幕、国際的フィクサーと呼ばれ、昭和の裏面史で暗躍した。

 裏切り者、変節漢、利権屋、大法螺吹き、自己顕示欲の塊。芳しくない世評がつきまとっていたが、どこか憎めず、そうそうたる人物と深い親交があった。60年安保闘争時の全学連委員長・唐牛健太郎、戦後財界のリーダー・中山素平、山口組三代目・田岡一雄組長、ノーべル賞学者ハイエク、ザーイドUAE大統領、ハプスブルク家のオットー大公……。右も左も、西も東も関係ない。

 田中清玄は明治末期の1906年、函館市近郊の村で生まれた。母は今でいうシングルマザーで、助産師をしながら一人息子を育てた。後にこの母は自殺する。武装闘争で多くの警察官を殺傷し投獄された息子をいさめるためだった。母の遺書は、拷問にも屈しなかった田中が転向する契機になった。

 出獄後、獄中で知り合った仲間を集めて土建会社を設立。金儲けは不得意だが、並外れた度胸と空手で鍛えた腕っぷしを武器に時代を駆けた。

 国際石油利権の獲得に動いたかと思えば、オイルショックを予言し、バブルに狂奔する資本主義への怒りをあらわにした。人類の生存を危うくする環境問題にいち早く警鐘を鳴らし、ソ連崩壊後は保守主義と民族主義の台頭に懸念を表明している。先見の明というべきか。

 どれが本当の清玄なのか。400ページを超えるこの力作評伝をもってしても全容解明には至らない。けれども、痛快無比な生涯を通して一貫していたのは反権力、反権威。「この世を変えたい」と願って暴力も辞さない行動原理は、革命家のものだったのかもしれない。

(文藝春秋 2970円)

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