南杏子(医師・作家)
11月×日 診療の合間、心温まる絵本に出合った。ジョナ・ウィンター著「ちいさいフクロウとクリスマスツリー ほんとうにあったおはなし」(福本友美子訳 鈴木出版 1650円)。作者は環境問題と社会正義をテーマとするノンフィクション絵本を40冊以上も手がけ、数々の賞を受賞している。
主人公は、ニューヨークに迷い込んだ1羽の小さなフクロウだ。あろうことか、ロックフェラー・センター前に立てる巨大なクリスマスツリーの幹に開いた穴の中から、衰弱した状態で見つかった。親切な作業員が助け出し、彼の奥さんが野生動物保護センターに送り届けたため、元気になって森に帰って行った──というお話。
たかがそれだけと言うことなかれ。この小さな事件が起きたのは2020年の冬。当時の米国は新型コロナの感染者が累計1000万人を突破、ワクチンもない中で毎日の感染者は初ピークの20万人を超え、医療者は未知の病原体との勇気ある戦いの真っ最中だった。小さな命を救う作業員の行為にも同じ輝きを見た。
11月×日 地方新聞などで連載中の小説「いのちの十字路」の書籍化にあたって修正作業を開始する。自分の過去の作品を読むと、あれっ、こんな風に書いていたのかと悪事が露見したような気持ちになる。赤面しながらの毎日。両親が連載小説の切り抜きをきれいに集めているのを見つけ、「やめて~」と叫びたくなった。
11月×日 書評の依頼をいただき、内館牧子著「老害の人」(講談社 1760円)を読む。日頃、高齢者の医療にたずさわっていると、物語に登場するようなパワフルな「老害の人」たちはほとんどおらず、むしろ「お達者でなにより」という心境にさえなった。「老害」は誰にもおきうる脳の加齢現象。受け入れていく方が互いにストレスが少ないかもしれない。
絵本では「フクロウ」、「老害の人」の主人公は米寿になる「福太郎さん」。さて、来年はどんな福に出合えるだろう。