稲葉稔(作家)
9月×日 1行どころか1字も書けず、仕事場から退散。自宅に帰ってごろりとなり、結城真一郎著「#真相をお話しします」(新潮社 1705円)をぱらりと開く。現代推理だ。SNSやスマホを使った仕掛けや、布石の打ち方が絶妙。時代物ではできないトリックが面白い。5部構成の短編集で飽きない1作だった。著者の他の作品にも手が伸びそうだ。
9月×日 鈍牛のごとく進まぬ原稿が急に進み出し、いつにない充足感を覚えて仕事場を離れ、行きつけの居酒屋で軽く引っかける。昔から朝方だが、最近はそれに拍車がかかっている。起床はほぼ毎日午前4時。だから寝るのも早い。8時には就寝。
9月×日 所用で実家に帰らなければならないので、しばらく原稿に集中するが、気晴らしも必要だと、ゴルフに出かける。ほとんどが千葉方面。やはり緑多いコースでのラウンドは気分転換になる。
9月×日 帰省準備に追われ仕事できず。それならば資料を読もうと、山下昌也著「実録 江戸の悪党」(学研 858円)をめくる。お岩の祟り話や赤穂浪士にまつわる話、はたまた白子屋お熊が出てくれば、鼠小僧や雲霧仁左衛門、他にも有名人がぞくぞく登場。実在したかどうかあやしい人物もいるが、わたしは歌舞伎演目の主人公白井権八のモデルとなった平井権八の話が気に入った。短気がもとで人を斬り、江戸に出奔し、そこで遊女に惚れ込んで辻斬りを重ねるという話。ただの悪党だが純情な面もあるし、惚れられた遊女とも相思相愛になる。何かに使えそうだなと想像を逞しくした。
9月×日 歳のせいか疲れが抜けない。細谷正充編「家康がゆく」(PHP研究所 924円)を開く。家康のアンソロジー。松本清張の「山師」にいたく感心する。大久保長安は猿楽師から家康に取り立てられ幕府奉行衆の一人になるが、人間というものは今の世も同じで、出世をすれば、欲が出て疑い深くなるということを教えられる。