「学年誌の表紙画家 玉井力三の世界」玉井力三画 山下裕二監修
玉井力三の名前を知らなくとも、昭和20年代から40年代にかけて子供時代を送ったほとんどの人は、その作品に懐かしさを感じるのではなかろうか。
氏は多くの人がお世話になった「学年誌」(学年別学習雑誌)の表紙絵を20年以上にわたって描き続けた画家であり、本書はその原画を中心に氏の画業を紹介するビジュアルブックである。
改めて表紙の絵を見てみると、観光地でよく見かける望遠鏡を前にしてかわいい少年と少女が何やら遠くを見つめている。少年が指さす先にあるのは、遠景として描かれる「太陽の塔」なのだろう。
そうこの絵は、大阪万博が催された昭和45(1970)年の「小学三年生」(小学館刊)4月号の表紙絵の原画だ。併録された実際の雑誌の表紙を見ると、この原画の上に、「特集いよいよ日本万国博」の言葉や、「いなかっぺ大将」や「もーれつア太郎」の「ニャロメ」などのマンガや、当時の人気グループのボーカル「ピンキー」の顔写真などが並んでいる。
小学館の学年誌の歴史は、大正11(1922)年の「小學五年生」と「小學六年生」の10月号から始まった。
玉井氏が小学館で学年誌の表紙絵を初めて描いたのは昭和29(1954)年の「小学二年生」で、昭和39(1964)年からは、「めばえ」と「幼稚園」の幼児誌2誌を含め、小学1年生から3年生まで5誌の表紙を毎月並行して描き続けたという。
昭和39年は東京オリンピックが催された年で、「小学一年生」11月号の表紙は、表紙の少年少女も日本選手団のユニホームを着ている。
学年誌は対象読者を学年で分け、男女の区別がないので、表紙も必ず男の子と女の子が揃って描かれる。
そしてその少年少女が海水浴や運動会、クリスマスなど発行月の季節にちなんだ姿や持ち物を持って描かれている。
中には登場人物の手にアナログの8ミリビデオ撮影機やカメラ、トランシーバーなど、当時は高価で小学校低学年には高根の花のような品々を持たせた絵もある。
玉井力三の絵の魅力の再発見に尽力し、その応援団長を自任する、美術史家で本書の監修者でもある山下裕二氏は、これらの表紙絵は「高度経済成長時代に子供だった私たちの世代にとって、幸福な時間を象徴するイメージ」だと語る。
そして「美術にまつわる難しい理論や動向など、子供たちには通用しない。だからこそ、そこにはある意味純粋な『表現』がなされるのである」と高く評価する。
ほかにも、学年誌以前から手掛けていた婦人誌の表紙絵や、美術学校時代に描いた作品をはじめとする多くの油絵、そしてアトリエ写真など。さまざまな視点からその画業を紹介。
氏の作品を見ていると、なんの屈託もなく過ごしていた幸せな子供時代が蘇り、幸せな気分になってくる。
(小学館 2970円)