「俠」松下隆一著
「俠」松下隆一著
30年前、恩人の死をきっかけに賭博から足を洗った60歳の銀平は、江戸は本所でひっそりと蕎麦(そば)屋を営んでいた。ある年の春、銀平は吐血し自分がそう長くはないことを悟る。
以来、客といえば馴染みの顔ばかりの店に、ふいに恩人の息子丑吉、別れた妻おようが続けざまに訪れるようになる。さらには、賭場のあがりをくすねた清太という男が転がり込んできたことで、銀平の胸に忘れたい過去が去来する。
やがて清太は銀平の元で蕎麦づくりに励むように。銀平の体調を気遣い、商売に励む清太の姿に、生きる張り合いを得た銀平だったが、ある日、店のあがりを持って清太が消えてしまう──。
幼いころの過ちを背負った元博徒の最期の大勝負を描く人情時代小説。
店に訪れる夜鷹、物乞い親子、そして大飢饉で江戸にやってきた銀平の幼少期などを挟みながら、物語は終盤、5年に一度開帳される八州博奕の賭場へ舞台を移す。張りつめた空気の中に響く駒札の音、振方に注がれる視線。銀平の呼吸まで聞こえてきそうな緊迫の勝負場面は大きな読みどころだ。
果たして勝負の結果は──。静謐(せいひつ)な筆致で命薄らぎゆく銀平の人生を描き出す。
(講談社 1815円)