「スマホ時代の哲学」谷川嘉浩氏

公開日: 更新日:

「スマホ時代の哲学」谷川嘉浩著

 ドラマの見逃し配信をテレビで流し見しつつ、パソコンではゲームの実況動画をイヤホンで聴きながらメール処理を行い、手元のスマホではSNSを開いて友人にメッセージを送る。こんな生活がさほど珍しくはなくなった現代、デジタル社会との向き合い方は多くの人にとっての課題となっている。

「インターネットの普及とデバイスの進化は、いつでもどこでも何かとつながることのできる、“常時接続”の世界をもたらしました。一方で失われたのが“孤立”と“孤独”です。これらはネガティブなものととらえられがちですが、実はひとつのことに集中したり、自分自身と対話するために重要な時間でもありました」

 哲学者でありながらメディア論や社会学など他分野の研究にも幅広く携わっている著者。本書では多くの哲学者たちの言葉を挙げながら、常時接続の世界を生き抜くための道しるべを提示している。哲学の入門書としても役立つはずだ。

 例えば、ドイツの哲学者ニーチェは、著書の「ツァラトゥストラ」で次のように語っているという。

「君たちはみんな激務が好きだ。速いことや新しいことや未知のことが好きだ。(中略)君たちは自分を忘れて、自分自身から逃げようとしている」

 この言葉に、ドキッとする現代人は少なくないのではないか。

「常時接続の世界では、インスタントで断片的な刺激に取り巻かれ、細かなタスクを同時並行していることにすら気づかないほどの“激務”の中に身を置くことになります。すると、精神的・時間的にコストがかかるものには見向きもしなくなり、やがてどんな対象にも集中せず、深く考えることから遠ざかってしまいます」

 孤立や孤独を失うことは、感覚を押し殺すことにもつながりかねないという。すぐに誰かや何かとつながって苦しみに一時的な蓋をしても、自己対話ができていなければ根本の解決にはならない。とはいえ、デジタルデトックスをして思考を取り戻せばよいという単純な話でもないという。

「子どもの頃から“自分の頭で考えなさい”という言葉を何度も耳にしてきたかもしれませんが、自力思考とは自分がすでに持っている考え、つまり先入観を再提出しているに過ぎません。一生懸命自分なりに考えた結果、ネットの情報をつなぎ合わせて陰謀論に陥ったりもするものです」

他者の想像力を取り入れることが哲学

 そこで役立つのが、哲学というわけだ。哲学とはざっと2500年ほど受け継がれてきたコンテンツであり、プラトンに始まる思索の軌跡だと本書。つまり、哲学に触れることは他者の想像力を取り入れて、他人の頭で考える力をつけるのに役立つのだ。

「思考のパターンやレパートリーを増やすことは、人生の中で立ち止まらざるを得なくなった瞬間の助けになります。もはやデジタルから完全に離れることなど不可能になった現代、哲学に触れることが思考を長くして、孤独や孤立を取り戻す助けになるのではないでしょうか」

 ほかにも、スペインのオルテガやフランスのパスカルら偉大なる哲学者たちの言葉を引きながら現代の生き方を探る本書。購入者特典として哲学書案内のQRコードも付いている。デジタル漬けの今こそ、失われた時間を補う哲学が役立つ時代かもしれない。

(ディスカヴァー・トゥエンティワン 1760円)

▽谷川嘉浩(たにがわ・よしひろ)1990年生まれ。哲学者。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。京都市立芸術大学美術学部デザイン科特任講師。著書に「鶴見俊輔の言葉と倫理:想像力、大衆文化、プラグマティズム」などがある。

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    永野芽郁“”化けの皮”が剝がれたともっぱらも「業界での評価は下がっていない」とされる理由

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    大阪万博「午後11時閉場」検討のトンデモ策に現場職員から悲鳴…終電なくなり長時間労働の恐れも

  4. 4

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 5

    遠山景織子の結婚で思い出される“息子の父”山本淳一の存在 アイドルに未練タラタラも、哀しすぎる現在地

  1. 6

    桜井ユキ「しあわせは食べて寝て待て」《麦巻さん》《鈴さん》に次ぐ愛されキャラは44歳朝ドラ女優の《青葉さん》

  2. 7

    江藤拓“年貢大臣”の永田町の評判はパワハラ気質の「困った人」…農水官僚に「このバカヤロー」と八つ当たり

  3. 8

    天皇一家の生活費360万円を窃盗! 懲戒免職された25歳の侍従職は何者なのか

  4. 9

    西内まりや→引退、永野芽郁→映画公開…「ニコラ」出身女優2人についた“不条理な格差”

  5. 10

    遅すぎた江藤拓農相の“更迭”…噴飯言い訳に地元・宮崎もカンカン! 後任は小泉進次郎氏を起用ヘ