「70歳からの人生相談」毒蝮三太夫著/文春新書/2023年
「70歳からの人生相談」毒蝮三太夫著
俳優でタレントの毒蝮三太夫氏(本名・石井伊吉、1936年3月31日生まれ)は、毒舌家として有名だが、激しい物言いの背後に共感力と優しさがある。本書は小学館が運営するウェブサイト「介護ポストセブン」に連載された人生相談を大幅に加除修正して再構成したものだ。毒蝮氏の回答によって救われた人が何人もいると思う。
例えば、「ともに80代の両親がお互いに相手の悪口ばかりを聞かせてきて辛い」という相談(評者もこの種の相談をよく受ける)に対して毒蝮氏はこう答える。
<両方が相手への不満を溜め込んだら、やがて爆発して大ゲンカになるかもしれない。いよいよ修復不可能な関係になっちゃったら、余計に面倒だしな。/ここは、クッションになってやるのがいいよ。父親には「そうよね、お父さんは気の毒よね。お母さんは昔からああいう人だけど、よく我慢してるわよね」って返して、母親にも「お母さんは気の毒よね。よく我慢してるわよね」って返す。相手が言いたいことをいったん受け止めることで、相手は少し満足するはずだ>
外交の世界でも交渉をしている途中で、双方が感情的になりすぎて冷静に話ができなくなることがときどきある。そういうとき熟練した外交官はクッション役に徹する。双方の言い分をよく聞き、理解者となる。ただし、それだけで交渉はまとまらない。クッション役から一歩踏み出さなくてはならない。
毒蝮氏はこのことの重要性をよく理解している。だからこんな提案をする。
<その上で、こんな言業をかけてあげる。/「そんなに言いたいなら、面と向かって言い合ったら。それができないんなら、ホントは気になって愛してんじゃない」/「だけど、お母さん(お父さん)がいなかったら、私も生まれてないわけだし、夫婦で頑張ったからこの家も建てられたわけよね。娘から見ると、お母さん(お父さん)にも、なかなかいいところがあると思うわよ」/そうやって、忘れている本心やお互いのいいところに気づかせてあげるのも大事だな>
毒蝮氏は、外交の技法を巧みに取り入れることで夫婦間のトラブルを解決しようとしているのだ。 (2023年8月17日脱稿)
★★★(選者・佐藤優)