「蚊が歴史をつくった」ティモシー・ワインガード著、大津祥子訳
「蚊が歴史をつくった」ティモシー・ワインガード著、大津祥子訳
アレクサンドロス大王、ハンニバル、カエサル、アウグスティヌス、ワシントン──彼らに共通するのは何か。答えはマラリア。いずれもマラリアによって苦しめられたり命を落としている。
日本では感染例が少ないのであまりピンとこないが、人類に死をもたらす可能性がある生物の1位は蚊だ。蚊の媒介による感染症の死者数は年間平均200万人で2位のヒトの47.5万人を大きく引き離している。人類20万年の歴史で生存した1080億人のうち蚊による死者は520億人という数字も報告されている。
本書は、人類にとって最も手ごわい「蚊」が人類の歴史にどう関わり、どのような役割を果たしてきたのかを、唯物史観ならぬ唯蚊史観によって描いたユニークな歴史である。
蚊が媒介する病原体はウイルス、虫、原生生物(寄生虫)の3種。マラリアは原生生物マラリア原虫によるもので、ウイルスには黄熱、デング熱、ジカ熱、各種脳炎などがある。蚊と人類との闘いは人類発生以来の長きにわたり、9万7000年前にはマラリアを防ぐべく鎌状赤血球という突然変異が生まれており、アフリカ、中東、東アジアには人口の40%以上の保因者の地区があり、アフリカ系アメリカ人も高い率を示している。南北戦争においてマラリアが席巻した際、遺伝的耐性を備えたアフリカ系アメリカ人の兵士の多寡が勝敗を左右するともいわれた。
ローマ帝国の衰亡や十字軍、モンゴル軍のヨーロッパ侵攻などにも少なからぬ影響を与えてきた「蚊」は、あらゆる防御策をくぐり抜けてきたが、ようやく特効薬というべきものが現れた。DDTだ。しかし、環境に与える悪影響により短い使命を終えた。いま開発されているのはCRISPR(クリスパー)という遺伝子改変技術で蚊を絶滅に追い込もうというもの。しかし、これは「パンドラの箱」になる可能性もあり危惧される。
蚊との闘いはまだ続きそうだ。 <狸>
(青土社 3960円)