「嘘つきのための辞書」エリー・ウィリアムズ著、三辺律子訳
「嘘つきのための辞書」エリー・ウィリアムズ著、三辺律子訳
1975年刊の「新コロンビア百科事典」には、リリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼルというアメリカの女性写真家の項目が載っているが、実はこの人物は実在しない。丸写しされないようにわざと紛れ込ませたフェイク項目だ。
以後、著作権を守るために辞書や百科事典に載せる偽の項目を「マウントウィーゼル」と呼ぶようになる。無論、ごく少数紛れ込ませるからこそ有効なのであって、それがいくつもあったら……。本書は、そんな破天荒な辞書づくりをテーマとした言語をめぐる小説だ。
物語はAからZまでの全26話。現代のロンドンの辞書出版社でインターンを務めるマロリーという女性と19世紀の辞書編さん者であるウィンスワースの日常が交互に語られていく。
マロリーが勤務するスワンズビー社は、1930年にスワンズビー新百科辞書第1版を刊行したものの以後未完のまま今日に至っている。編集長のデイヴィッド・スワンズビーは未完の辞書をデジタル化して自らの名を残そうとしており、そこで雇われたのがマロリーだ。一方のウィンスワースは、19世紀のスワンズビー社で辞書の編集に携わっているが、地味で目立たず周囲の人間から無視されがちという言語オタクの冴えない男。
マロリーはある日、デイヴィッドからスワンズビー新百科辞書には「マウントウィーゼル」がたくさん交じっているようなので洗い出してほしいと頼まれる。マロリーは恋人のピップ(♀)とフェイク項目を探し始める。実は、その張本人こそウィンスワースだった。フェイク項目を辞書に紛れ込ませることで後世に己の存在感を誇示できると考えたのだ──。
マロリー宛てにかかってくる謎の脅迫電話、マロリーとピップの恋の行方、ウィンスワースに初めて訪れる恋といったサイドストーリーに加え、遊び心たっぷりの言語学的なうんちくも満載で、幾重にも楽しめる怪著。 <狸>
(河出書房新社 2750円)