金井真紀
著者のコラム一覧
金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「ジャコブ、ジャコブ」ヴァレリー・ゼナッティ著、長坂道子訳

公開日: 更新日:

「ジャコブ、ジャコブ」ヴァレリー・ゼナッティ著、長坂道子訳

 わたしは年をとってから本を書く仕事を始めた。しかも「おもしろいことだけやって食べていけるか実験してみよう!」と思い立って始めた。だから「これは自分がやるべき仕事だ」と思えることだけをやるつもり……なんだけど……ゴニョゴニョ。「自分の仕事」の見極めってむずかしい。

 さて「ジャコブ、ジャコブ」。奇跡みたいなすばらしい本だった。舞台は1940年代のアルジェリア、主人公はユダヤ人一家の末っ子ジャコブ。はっきり言って、わたしとはなんの接点もない遠いお話だ。なのに心を鷲掴みにされ、途中で本を閉じて何度も息を整えなければならないほどの引力があった。

 北アフリカのユダヤ人が、宗主国となったフランスのために銃を取り、ドイツ兵と戦う。あぁ、この世はなんて複雑だろう。本書のもうひとつの読みどころは、左ページにそっと添えられた「注」だ。歴史的、宗教的、文化的背景の解説が物語の味わいを深くする。

 エッセーの名手として、また語学力を生かした取材で世界の今を伝えるジャーナリストとして知られる長坂道子さんが、初めて小説の翻訳を手がけた。原書を読んで感銘を受けた長坂さんは「これを自分がやらずにどうする」と奮い立ったという(訳者あとがき)。中東のユダヤ人と親族になり、フランスに暮らした経験を持つ彼女以上に本書の訳者にふさわしい人はいないだろう。長坂道子訳「ジャコブ、ジャコブ」の誕生がいちばんの奇跡に思える。

 だからね、「これは自分の仕事だ」と奮い立つことをやるべきなんだよね。とつぶやきながらお昼寝をする秋の午後。

(新日本出版社 2420円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1
    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル

    「悠仁さまに一人暮らしはさせられない」京大進学が消滅しかけた裏に皇宮警察のスキャンダル

  2. 2
    香川照之「團子が後継者」を阻む猿之助“復帰計画” 主導権争いに故・藤間紫さん長男が登場のワケ

    香川照之「團子が後継者」を阻む猿之助“復帰計画” 主導権争いに故・藤間紫さん長男が登場のワケ

  3. 3
    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

    「天皇になられる方。誰かが注意しないと…」の声も出る悠仁さまの近況

  4. 4
    巨人・菅野智之の忸怩たる思いは晴れぬまま…復活した先にある「2年後の野望」 

    巨人・菅野智之の忸怩たる思いは晴れぬまま…復活した先にある「2年後の野望」 

  5. 5
    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6
    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

    鹿児島・山形屋は経営破綻、宮崎・シーガイアが転売…南九州を襲った2つの衝撃

  2. 7
    「つばさの党」ガサ入れでフル装備出動も…弱々しく見えた機動隊員の実情

    「つばさの党」ガサ入れでフル装備出動も…弱々しく見えた機動隊員の実情

  3. 8
    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

    女優・吉沢京子「初体験は中村勘三郎さん」…週刊現代で告白

  4. 9
    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

    ビール業界の有名社長が実践 自宅で缶ビールをおいしく飲む“目から鱗”なルール

  5. 10
    悠仁さまが10年以上かけた秀作「トンボの論文」で東大入試に挑むのがナゼ不公平と言われるのか?

    悠仁さまが10年以上かけた秀作「トンボの論文」で東大入試に挑むのがナゼ不公平と言われるのか?