「アートで楽しむサウナぎつねのフィンランド巡り」ピヴェ・トイヴォネン著
ガイドブックとしては、ずいぶん不思議なつくりである。紹介されているのはフィンランドに実在する60以上のサウナ。ごく控えめに(本文より小さな文字で)サウナの名が記され、あとは美しい水彩画と数行の印象的な散文で構成されている。住所も営業時間も載っていないのが、じつに潔い。
著者はヘルシンキ在住のアーティスト。これまでに400軒以上のサウナで汗を流してきた無類のサウナ好きだ。本書のサウナ絵に必ず登場してくるオレンジ色のきつねは著者自身の姿なんだとか。
絵の中で、裸のきつねはのっそりとサウナベンチに寝転がっている。あるときはスモークサウナの闇の中で両膝を抱えて座り、またあるときは湖のほとりでサウナ後のビールを飲んでいる。いつも目を細めて「いま」を味わうきつね。なんて愛おしいんだろう。
旅先で入る公衆浴場ほどワクワクするものはない。女湯で繰り広げられる、おばちゃんたちのリラックスしたおしゃべりにまさる旅情なし。東北でも九州でも、はたまた韓国のチムジルバンやイランのハマームであっても、おしゃべりのトーンは変わらない。世界はお風呂の湯気でつながっている気がしてくる。
10年前に数日だけヘルシンキを一人旅したときも、いそいそとサウナを目指した。本書にも出てくる老舗の公衆サウナで、黒ずんだ壁もストーブの脇に積まれた薪もなんともいい風情だった。
読み終えて、いつか必ずフィンランドを再訪して湖や海のサウナに入ろうと決意した。この本は画集で散文集で、同時にすばらしいガイドブックなのだった。だってこんなに旅心がうずく。
(アルソス 2860円)